『赤と黒』/スタンダール

『赤と黒(上)』/スタンダール 『赤と黒(下)』/スタンダール

『赤と黒』で描かれているのは、極度に利己主義的でプライドが高く、と同時に、異様に強い猜疑心と劣等感の持ち主でもあるという主人公のジュリヤンが、その野心と自尊心の満足を極めていく過程でうっかり恋に落ちてしまったりしつつも、最終的にはやはり自らの性質ゆえに命を失うことになる…という一連の物語である。

作品の舞台は1830年より少し前のフランス、7月革命の起こる前で、王党派による反動政治の時代だ。この、貴族と僧侶の時代においては、どこまでも洗練されていること、すなわち「相手の期待していることの裏をかけ」、「常識はずれも気取りのまねもいけない」というのが社交界で影響を持ち続けるための唯一絶対のルールであった。

ジュリヤンは木こりの倅であるから、そんな洗練とはまったくの無縁、おまけに、「きみに言葉をかけても、きみが喜びはしないということは、はたの目にもわかる」と言われてしまうような性格をしているので、運良く貴族たちの世界に潜り込むことができても、はじめのうちはなかなかうまくふるまうことができない。だが、貴族の女を口説き落としていこうとする過程で、その「腹のなかとは似てもつかない冷ややかな顔」や「自分を抑えることのできる」能力を活かしていく術を徐々に身につけていくことになる。その辺りのじりじりとした心理描写の細やかさこそが、本作のおもしろさだと言えるだろう。

たとえば、ジュリヤンが自分自身に、「レーナル夫人の手をにぎる」というミッションを課す決心をするシーン。

身振りをした拍子に、ジュリヤンはふとレーナル夫人の手にさわった。庭に出してあるペンキ塗りの木の椅子の背にのせていたのだ。
その手はすばやくひっこめられた。だが、ジュリヤンは、さわったとき、ひっこめさせないようにするのが、自分の義務だと思った。義務は果たされなければならないし、それができなければ笑いものになる、というより劣等感におそわれると思うと、たちまち喜びもなにも心から消えうせた。(上巻 p.80,81)

また、その後、レーナル夫人の手をしっかりとにぎることに成功したジュリヤンは、こんな風にかんがえたりもする。

翌朝は五時に起された。レーナル夫人が知ったらひどいひとだと思ったろうが、ジュリヤンはろくろく夫人のことなど考えもしなかった、自分の義務を、しかも英雄的な義務を果したのだ。そう思うと、あふれるほどの幸福感におそわれ、部屋に鍵をかけて閉じこもり、興味を新たにして崇拝する英雄の武勲の話に読み耽った。
昼食の鐘が鳴ったときも、ナポレオンの遠征の戦報に読み耽っていて、昨日おさめた勝利のことはすっかり忘れていた。サロンへおりていきながら、浮いた気持で、《愛していると、あの女にいってやらなくてはなるまい》とつぶやいた。(上巻 p.85,86)

あるいは、マチルドを落とすための方策がわかったぞ、と確信を得るシーン。

ジュリヤンは、夢中で、ナポレオンの『セント=ヘレナで口述された回想録』を開くと、たっぷり二時間のあいだ、読もうと努力した。ただ字が目にはいるだけだったが、それでもかまわず、がむしゃらに読んだ。この奇妙な読書のあいだに、頭と心が興奮してきて、なにか壮大きわまる事件の渦中にあるような状態で、知らず知らずのうちに働き出していた。《あの女の心はレーナル夫人のとはだいぶ違う》だが、それ以上考えは進まなかった。
《相手を恐れさせよ》と、ジュリヤンは急に本を遠くへ投げ出して叫んだ。《恐れさせているかぎり、敵はおれに服従する。そのあいだはおれを軽蔑したりしないだろう》
うれしさに感きわまって、ジュリヤンは、小さな部屋の中を歩きまわった。ほんとうをいえば、それは恋の幸福というよりも、自尊心の満足のためだった。
《相手を恐れさせよ!》ジュリヤンは得意になってくり返したが、得意になるのももっともだった。《どんなにうれしいときでも、レーナル夫人は、おれの愛情が自分のよりすくないのじゃないかと心配していた。だが、こんどの場合は、おれの征服しようとしているのは悪魔だ。だから征服しなくてはならない。》(下巻 p.392,393)

これらのシーンからも明らかなように、ジュリヤンは野心剥き出しでエゴイスティック、打算的なところだらけの青年である。だが、それと同時に、彼は極めて高いプライドを持っており、それを傷つけられることにどうしても耐えられない、というピュアで直情的な性格を持ち合わせている人物でもある。ある意味では、潔癖な理想主義者だと言うこともできるだろう。だいたい、上記のようなシーンではかろうじて周到にふるまえているけれど、恋の熱に浮かされて、おかしな行動をとってしまう場面だって決して少なくはないのだ。まあ、そのようなアンバランスさこそが、レーナル夫人やマチルドを惹きつける要因にもなり、そしてまた、彼自身の身を滅ぼす元にもなってしまう…という訳だ。

そんなジュリヤンにとって、生きることというのは、自らのエゴやプライドを決して裏切らないようにその時々の選択を行い続けていく、ということだったと言えるだろう。ジュリヤンを駆り立てているものは常に一貫しており、だから、彼がレーナル夫人をピストルで撃つことと、その後に彼女への想いを募らせて汲々としたりすることのあいだには何の矛盾もなく、また、その結果、自分が死刑となるに及んだところでまるで後悔することがないというのも、とくに不可解なことではないのだ。

そういう意味では、ジュリヤンにとって、出世や恋の成就といったものはあくまでも副次的なものであったのかもしれない。彼を突き動かす最も重要な動機というのは、彼の英雄願望、彼の自尊心の充足、彼の上昇志向の満足といったものなのだ。もちろん、出世や恋が彼にとって重要でないというわけではない。それらは彼の志向を満足させるための具体的なターゲットであって、もしそれらがなければ、彼は自分の有り余るエネルギー――それは自分の勇気を試してみたいという野心であり、冒険心である――を持て余すことしかできなかっただろうからだ。


『贖罪』/イアン・マキューアン

『贖罪』/イアン・マキューアン

クラシカルな文芸大作の体裁をとった、マキューアン流のラブストーリー。とはいっても、もちろんそこはマキューアン、メタフィクショナルな視点や登場人物たちを突き放すような冷徹な態度が作品の背後には常にあるし、どこまでも考え抜かれた構成と的確過ぎる描写はとにかく上質としか言いようのないもので、小説を読むよろこびをじゅうぶんに味わせてくれた。

本作で扱われるテーマは、タイトルの通り「贖罪」――取り返しのつかない罪を犯してしまったとき、人はそれをどのようにつぐなうことができるのか――である。取り返しがつかないがゆえに、人は贖罪を希求しないではいられないし、しかし、いくら求めてみたところでそれが叶うことは決してあり得ない…そういった、贖罪の不可能性にまつわるドラマが400ページにわたって描かれていく。

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作品は三部構成になっている。まず、第一部では、主人公のブライオニーが少女の頃、いかにして「罪」を犯すに至ったのかについてのエピソードが、マキューアンならではの超精密な文章で描かれていく。ブライオニーは、虚偽の証言によって、姉セシーリアの恋人、ロビーを犯罪者に仕立て上げてしまうのだが、このあたり、19世紀小説的なねちねちした心理描写によって少しずつドラマが盛り上げられていくのがたのしいし、13歳の文学好き少女、ブライオニーのキャラクターというのがじつに緻密に――ちょっといじわる過ぎるんじゃないかってくらいに緻密に――描き出されているのも素晴らしい。

第二部は、第一部の5年後が舞台となり、ブライオニーによって無実の罪を被せられた男、ロビーの視点で第二次大戦中の退却戦の模様が描かれていく。喉の渇きや傷の痛み、爆撃に怯え常に空の気配を伺わずにはいられないという感覚、引き裂かれた恋人の記憶を繰り返し思い起こす様子など、映像喚起力が強く、リアリティに富んでおり、これはこれでひとつの中編小説として成立していると言ってもいいかもしれない。

第三部では、志願看護婦となったブライオニーの戦時中のエピソードと、彼女が自分の「罪」をはじめてつぐなおうとする試みの顛末が描かれる。彼女は、セシーリアとロビーのもとに直接赴き、とにもかくにも謝罪しようとするわけだ。このシークエンスにおける、居心地の悪さや背中にいやな汗をかく感じの生々しさというのはまさにマキューアンの真骨頂で、惚れ惚れしてしまう。

そして最後に、第三部から数十年が経過し、老年に至ったブライオニーの視点から、エピローグがつけ加えられる。このごく短いエピローグによって物語のエモーションが一息に引き出されるような構造になっており(『初夜』で用いられているテクニックと少し似ている)、淡々とした文章を読んでいくなかで、読者はひどく動揺させられることになる。第三部の後半部分――引き裂かれた恋人たちは戦火を越えて再会し、ブライオニーはつぐないのために彼らのもとへと向かう、というエピソード――はじつはブライオニーの生み出した虚構であって、実際のところは、セシーリアとロビーは二度と会うことのないまま、戦争のなかで命を落としていた…ということが明らかになるのである。第一部から第三部というのは、ブライオニーの書いた小説だったのだ。彼女は、こんな風に述べる。

ふたりが二度と会わなかったこと、愛が成就しなかったことを信じたい人間などいるだろうか?陰鬱きわまるリアリズムの信奉者でもないかぎり、誰がそんなことを信じたいだろうか?わたしはふたりにそんな仕打ちはできなかった。わたしはあまりに年老い、あまりにおびえ、自分に残されたわずかな生があまりにいとおしい。わたしは物忘れの洪水に、ひいては完全な忘却に直面している。ペシミズムを維持するだけの勇気がもはやないのだ。(p.437,438)

まあ、要は、ブライオニーは「贖罪」のために彼女の「罪」と恋人たちのエピソードを物語化していたというわけだ。己の罪の重さが耐え難いがゆえに、事実を歪めてハッピーエンドを形作ろうと、小説の推敲をブライオニーは繰り返していくが、そこで明らかになっていくのは、贖罪の不可能性ばかりであった…というわけだ。

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物語化によって「贖罪」を行おうという彼女の試みは惨めに失敗し続けるわけだけれど、まさにその試みの最中にしか、ブライオニーの安らぎというものは存在しない。彼女が小説を書き続けることは、自らの「贖罪」の可能性に手を伸ばし続けることであり、それが決して叶わないことだろうとわかってはいても、それでもなお手を伸ばさないではいられないのだ。

この五十九年間の問題は次の一点だった――物事の結果すべてを決める絶対的権力を握った存在、つまり神でもある小説家は、いかにして贖罪を達成できるのだろうか?小説家が訴えかけ、あるいは和解し、あるいは許してもらうことのできるような、より高き人間、より高き存在はない。小説家にとって、自己の外部には何もないのである。なぜなら、小説家とは、創造力のなかでみずからの限界と条件とを設定した人間なのだから。神が贖罪することがありえないのと同様、小説家にも贖罪はありえない――たとえ無神論者の小説家であっても。それは常に不可能な仕事だが、そのことが要でもあるのだ。試みることがすべてなのだ。(p.438)

私たちは、こんなブライオニーの姿をあざ笑ったり、断罪したりすることができるだろうか?あなたがやっていることは、まったく贖罪になどなっていない、あなたのかんがえなどまったくのおもい上がりだ、などと言うことができるだろうか?そんなことは本人がいちばん身に沁みてわかっていることだというのに??

この世界には、決してつぐなうことの叶わない罪というものがある。「小説家にとって、自己の外部には何もない」のと同様に、この世界にも外部などというものは存在しない。マキューアンは、そんな世界に生きる人間というものの欠点――愚かしさやみっともなさ、恥ずかしさ――をまっすぐに見つめながら、それらを冷静かつ精密に、そして執拗に、そのくせなんとも上品に、描き出してみせている。


『自発的隷従論』/エティエンヌ・ド・ラ・ボエシ

『自発的隷従論』/エティエンヌ・ド・ラ・ボエシ

「なぜ、多くの民衆は、人間の本性とも言える自由を放棄してまで、たったひとりの苛虐な圧政者のもとに隷従するのか?」という不可思議な事態の原因が考察されている一冊。考察といっても、何らかの客観的な指標に基いて論が展開されているわけではなく、古典文学や哲学書、歴史書などから自由にエピソードを引用しながら、著者の考えが提示されていく、という感じであるので、タイトルのごつさから想像されるよりずっと読みやすいものになっている。

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まず、ラ・ボエシは、こんな風に素朴に疑問を提示してみせる。

仮に、二人が、三人が、あるいは四人が、ひとりを相手にして勝てなかったとしても、それはおかしなことではあれ、まだありうることだろう。だが、百人が、千人が、ひとりの者のなすがままじっと我慢しているようなとき、それは、彼らがその者をやっつける勇気がないのではなく、やっつけることを望んでいないからだと言えまいか。臆病によるのではなく、むしろ相手を見くびっているから、嘲っているからだと言えまいか。また、百人の、千人の人間ではなく、百の国、千の町、百万の人が、その全員のなかでもっとも優遇されている者すらも隷従と奴隷の扱いを強いているたったひとりの相手に襲いかからないのを目にした場合、われわれはそれをなんと形容すればよいだろう。これを臆病と言えるだろうか。(p.14,15)

一体いかなる災難が、ひとり真に自由に生きるために生まれてきた人間を、かくも自然の状態から遠ざけ、存在の原初の記憶と、その原初のありかたを取りもどそうという欲望を、人間から失わせてしまったのだろうか。(p.30)

臆病でなければいったい何なのか。ラ・ボエシはこれを、「自発的隷従」と名づけてみせる。上記のように、ただひとりの圧政者をどうしても退けることができない状況というのは論理的には存在しないわけであるから、民衆の隷従というのは外部から強制されたものではあり得ず、あくまでも自発的なものだということになるはずだ、ということだ。民衆は、隷従と自由のどちらかを選択する権利を自らの手の内に持っていながら、しかし、あえて自ら自由を放棄し、軛につながれている、自らの悲惨な境遇を受け入れるばかりか、進んでそれを求めているのだ、とラ・ボエシは述べる。

であれば、民衆が圧政を逃れ、自由を取り戻すために必要なのは、隷従はしないと決意すること、ただそれだけであるはずだ。では、なぜ民衆はそのような簡単な判断能力をすら失ってしまっているのか?隷従への執拗な意思は、どのようにして彼らのなかに根を深く下ろすに至ったのか??ラ・ボエシは、こんな風に説明する。

たしかに、人はまず最初に、力によって強制されたり、うち負かされたりして隷従する。だが、のちに現れる人々は、悔いもなく隷従するし、先人たちが強制されてなしたことを、進んで行うようになる。そういうわけで、軛のもとに生まれ、隷従状態のもとで発育し成長する者たちは、もはや前を見ることもなく、生まれたままの状態で満足し、自分が見いだしたもの以外の善や権利を所有しようなどとはまったく考えず、生まれた状態を自分にとって自然なものと考えるのである。(p.35)

人は、手にしたことがないものの喪失を嘆くことは決してないし、哀惜は袂のあとにしか生まれない。また、不幸の認識は、つねに過ぎ去った喜びの記憶とともにあるものだ。
たしかに人間の自然は、自由であること、あるいは自由を望むことにある。しかし同時に、教育によって与えられる性癖を自然に身につけてしまうということもまた、人間の自然なのである。(p.43)

たしかに自由というのは人間の本性であるに違いないが、しかし、不自由な状態を自然なものとして受け入れてしまうということ、そして、そんな「自発的隷従」状態が簡単に習慣づけられてしまうということもまた、人間の本性である、ということだ。たとえ不自由な状態であっても、それを「自分にとって自然なもの」ということにしてしまえば、もうそれ以上思考する必要はないわけだし、逆に自由を望み、現状を打破して自由を手にするためには、やっぱりそれなりのエネルギーが必要になる。だからこそ私たちは、自由な生き方をしている人の姿に輝きを感じたり、それをうらやんだりもするけれど、しかしそれでいて自分の「自発的隷従」的な生き方を変えようとすることは滅多にない…そういうことなのかもしれない。


『読書について』/アルトゥール・ショーペンハウアー

『読書について』/アルトゥール・ショーペンハウアー

ここ数か月というもの、本読みをすっかりさぼってしまっていた。本を読まないでいるとブログを更新しようという欲求がなくなっていき、ブログを書かなくなると文章を組み立てる能力が低下していき、文章を書く能力が下がると物事をかんがえる力が失われていき…という負のスパイラルに陥っていることにようやく気づいたので――いや、気づいてはいたのだけれど、それをきちんと解決しようという気分にならなかった、というのが正確なところだろう――、ひさびさに新しく本を読んでエントリを書いてみようとしている。こうしてしばらくぶりに文章を書こうとしていると、いかに自分のなかに蓄積がないか、いかにいままで場当たり的な文章しか書いてこなかったか、ということが身に沁みて感じられるような気もする。

さて、本書におけるショーペンハウアーの主張というのは、一般によく知られているものだろう。以下のようなものだ。

本当に真剣にあらかじめ考える少数の書き手の中に、テーマそのものについて考える、きわめて少数の人がいる。その他の者は、書物について、他人の言説について考えをめぐらすだけだ。つまりかれらは考えるために、他人の既存の思想から、より自分に親しく強い刺激を必要とする。よそから与えられた思想がかれらのもっとも手近なテーマになる。したがってたえず他人の影響下にあり、そのために決して本来のオリジナリティーは手に入らない。これに対してテーマそのものについて考えるきわめて少数の書き手は、テーマそのものに刺激されて考える。だから思索がじかにテーマへ向かう。こうした書き手の中にしか、不朽の名声を博する者はいない。(p.35)

読書するとは、自分でものを考えずに、代わりに他人に考えてもらうことだ。他人の心の運びをなぞっているだけだ。それは生徒が習字のときに、先生が鉛筆で書いてくれたお手本を、あとからペンでなぞるようなものだ。したがって読書していると、ものを考える活動は大部分、棚上げされる。自分の頭で考える営みをはなれて、読書にうつると、ほっとするのはそのためだ。だが読書しているとき、私たちの頭は他人の思想が駆けめぐる運動場にすぎない。読書をやめて、他人の思想が私たちの頭から引き上げていったら、いったい何が残るだろう。(p.138,139)

俺がいま実感しているのは、まさにこの「読書をやめて、他人の思想が私たちの頭から引き上げていった」状態であるようにもおもえる。ショーペンハウアーの主張は、「だから、読書ばかりしているようではだめ。ちゃんと自分の頭で考えなさい」などという風に解釈されることが多い気がするけれど、凡人の自分としては、「本来のオリジナリティー」だとか、「不朽の名声」とかはとりあえず置いておいて、せめて「他人の思想」をまた少しでも多く駆け巡らせておかないとだよね…なんていう風におもったりもする。なんていうか、いま、自分ってものすごく空っぽ、という感じがして仕方がないのだ。


『失敗の本質 日本軍の組織論的研究』/戸部良一、寺本義也、鎌田伸一、杉之尾孝生、村井友秀、野中郁次郎(その2)

『失敗の本質 日本軍の組織論的研究』/戸部良一、寺本義也、鎌田伸一、杉之尾孝生、村井友秀、野中郁次郎

前回のエントリでは、日本軍の失敗の要因というやつをノートにまとめてみた。ただ、各要因は相互に連関し合っているため、どれかひとつだけをピックアップして解決策を検討する、というようなことは難しい。では、なぜ日本軍はその戦略と組織構造において、このような特性を持つに至ったのだろうか?そしてまた、なぜ、これらの特性から脱却することができなかったのか??

このことについて、著者らは興味深い見解を示している。

まことに逆説的ではあるが、「日本軍は環境に適応しすぎて失敗した」といえるのではないか。
進化論では、次のようなことが指摘されている。恐竜がなぜ絶滅したかの説明の一つに、恐竜は中生代のマツ、スギ、ソテツなどの裸子植物を食べるために機能的にも形態的にも徹底的に適応したが、適応しすぎて特殊化し、ちょっとした気候、水陸の分布、食物の変化に再適応できなかった、というのがある。つまり、「適応は適応能力を締め出す(adaptation precludes adaptability)」とするのである。
日本軍にも、同じようなことが起こったのではないか。(p.349)

「環境に適応しすぎ」た結果は、陸軍における銃剣突撃主義、海軍における艦隊決戦主義、大艦巨砲主義などに如実に表れている、と著者らは言う。これらは、日露戦争における成功の記憶からその雛形が形作られ、陸/海軍学校における教育システムや軍内での評価システムによってその志向が繰り返し強化されることで、終戦まで大きな変更が加えられることのないまま、日本軍における支配的なパラダイムであり続けたのだという。

日露戦争というのは、日本という国家が国際社会のメジャープレイヤーとしての資格を得るきっかけとなった出来事であり、当時の日本にとっては「ほとんど完璧な成功体験」とも言うべきものだった。このときに活躍した乃木希典や東郷平八郎という「英雄」をロールモデルとし、彼らの戦略原型を忠実に継承、強化し続けていくことで、このパラダイムは組織文化として根付き、組織全体の行動・思考様式として、徹底して高められていたのだった。まあ、戦略原型に固執し、その再現と洗練に熱を上げすぎたあまり、日本軍はあまりにも特殊化し、最新の環境に適応するための方策を見失ってしまった…ということだ。このような環境の下で、戦車の改良や海上交通の保護、航空機の防御といった、戦争の相手国が重要視していた要素がことごとく軽視され、見逃されてしまったわけだ。

帝国陸海軍は既存の知識を強化しすぎて、学習棄却に失敗したといえるだろう。帝国陸軍は、ガダルカナル戦以降火力重視の必要性を認めながらも、最終的には銃剣突撃主義による白兵戦術から脱却できなかったし、帝国海軍もミッドウェーの敗戦以降空母の増強を図ったが、大艦巨砲主義を具現化した「大和」、「武蔵」の四六センチ砲の威力が必ず発揮されるときが来ると、最後まで信じていたのである。(p.369,370)

また、そもそも、陸軍と海軍は、それぞれ別々の国家を仮想敵国としていたのだという(陸軍はソ連、海軍は米国)。だから、それぞれの戦略/戦術の基盤というのは、北満の原野での白兵戦あるいは南洋諸島での海戦を想定して、まったくばらばらに策定されていたわけだけれど、大本営は陸海軍間に発生したコンフリクトを解消するような役割を担えるほど、強力な統合機能を持っておらず、最後までこのパラダイムの差を調整することができなかった。陸・海・空を有機的に統合した新しい組織を作り上げていた米国との決定的な差がここにある、と著者らは強調している。

ともあれ、ざっくりとまとめてしまうと、日本軍は環境に応じて自らの目標や構造を主体的に変えていくことのできる、自己革新性を欠いていたがために失敗した、ということになる。日本軍は、当時の米軍に見られたような、「エリートの柔軟な思考を確保できる人事教育システム」、「すぐれた者が思い切ったことのできる分権的システム」、「強力な統合システム」のいずれもを欠いていた。ヨーロッパから輸入した近代的官僚制組織に日本的な集団主義(情緒的、人的結合)を組み合わせた結果、不確実で変化の大きい環境で組織を機能させるためのダイナミズムを失ってしまったというわけだ。

このような日本軍の特質というのは、戦後の社会にも継承されているものなのではないだろうか、と著者らは述べている。現在の国際社会における日本という国家のふるまいも、「自らの依って立つ概念についての字画が希薄だからこそ、いま行っていることが何なのかということの意味がわからないままに、パターン化された「模範解答」の繰り返しに終始」し、それゆえ、「戦略策定を誤った場合でもその誤りを的確に認識できず、責任の所在が不明なままに、フィードバックと反省による知の積み上げができない」状態、すなわち、「本質的議論を避け、まさに主体的に独自の戦略概念を形成することができない」状態を顕わにしているものだと言えるのではないか、ということだ。

この意見には、なかなか反駁できないだろう。敵勢力の過小評価、コンティンジェンシー・プランの必要性の否認、精神論や空気の読み合いによって責任の所在が不明確なまま作戦が実行される…これらのことから、たとえば、現在の原発行政のことなんかをおもい起こさないでいるのは難しいのではないか、と俺もおもう。


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