『21世紀の資本』/トマ・ピケティ(その2)

『21世紀の資本』/トマ・ピケティ

前回まとめたような分析をもとに、ピケティは、なぜ格差が拡大していくのか、というメカニズムを説明するための理論を提示してみせる。先に書いたとおり、統計は、資本蓄積の速度は総所得の伸び率よりも大きいということを示しているわけだけれど、これをシステムに内包された法則としてかんがえてみよう、というわけだ。

それが、本書によってすっかり有名になった「r>g」という公式である。資本収益率(r)(=株式や預金、不動産などのすべての資本から生み出された平均収益率)と、総所得の成長率(g)(=資本が生む収益+労働所得の伸び率、つまり経済成長率)に関して、この比率は――既存の一部の経済成長理論でかんがえられているような――「r=g」ではなく、「r>g」という状態こそが標準なのではないか、ということだ。たしかに、過去のデータを見ればじっさいそのようになっているわけで、この不等式が発生する原因については不明確だけれども、ともかくとりあえずそういうものとして理解する必要があるだろう、というのがピケティの主張ということになる。

r>gという不等式はある条件下での歴史的な主張であって、特定の期間と政治的文脈では事実だが、他には当てはまらない。(p.373)

私の考えでは、r>gという不等式は、絶対的な論理的必然ではなく、さまざまなメカニズムによって決まる歴史的現実として分析する必要がある。それぞれ相互にほぼ独立した力が重なりあった結果として生じたものなのだ。ひとつには、成長率gは構造的に低くなりがちだ(いったん人口動態の変化が完結し、国が世界の技術最前線に到達して、イノベーションのペースがかなり遅くなると、通常年間1パーセントを大きく超えることはない)。さらに、資本収益率rは多くの技術的、心理的、社会的、文化的要因に左右され、それらがまとまって約4-5パーセント(いずれにしても、1パーセントよりは明らかに大きい)という利益率をもたらすようだ。(p.376)

私が本書で強調してきた格差を拡大させる基本的な力は、市場の不完全性とは何の関係もなく、市場がもっと自由で競争的になっても消えることのない、不等式r>gにまとめられる。制限のない競争によって相続に終止符が打たれ、もっと能力主義的な世界に近づくという考えは、危険な幻想だ。(p.440)

もし「r=g」が成り立つという場合、それは、労働所得が総所得のなかで占める割合が一定ということだ。つまり、資本と労働の取り分の比率が一定というわけで、こうであれば格差は広がらない。

ピケティの観測によると、これらの値を歴史的に見ると、r=4.5〜5%、g=1〜3.5%程度になるとのことだけれど、たしかにこれでは、資本によって得られる収益は、賃金所得の伸びを上回って成長し続けるということになる。労働賃金を増やすよりも、資本の再投資の方が富を増やしやすいということだ。多くの資産を持つ富裕層の取り分ばかりが大きくなり続けるわけで、格差が拡大し続け、富の階層構造が時と共に強固で動かしがたいものになっていくのも当然ということになるだろう。とりあえず、この法則こそが不平等をもたらす根本的な原因だ、という話になるわけだ。(…もっとも、ファイナンス系の人ならば、資本の収益はリスクを負った投資によって得られるものなのだから、r>gになるのは当然でしょう?でなければ誰も投資なんてしないよ、などと言うかもしれないけれど。)

まあ要は、資本主義というやつは、放っておけば格差が拡大するようになっているシステムである、少なくとも過去の統計からはそのように読み取れるし、現在のデータを見てもその傾向は変わっていない、ということだ。格差の拡大は民主主義を脅かすことになるわけで、資本主義を採用しつつ民主主義を継続するためには、市場を「もっと自由で競争的な」「より能力主義的な」ものにしようとがんばってみてもダメで、別のテコ入れが必要だ、ということになる。

資本市場と金融仲介が洗練されるにつれ、所有者と経営者はますます分離し、それによって純粋な資本所得と労働所得の区別もだんだん明確になる。時には経済的、技術的合理性は、民主主義的合理性と無関係だ。前者は啓蒙運動から派生したものだが、人々は後者がまるで魔法のように何となく自然に前者から生まれるものだと、あまりに平然と考えてきた。しかし、本当の民主主義と社会正義には、市場制度や、議会など形式的民主主義的制度機関以外に、独自の制度が必要だ。(p.440)

本研究の総合的な結論は、民間財産に基づく市場経済は、放置するなら、強力な収斂の力を持っているということだ。これは特に知識と技能の拡散と関連したものだ。でも一方で、格差拡大の強力な力もそこにはある。これは民主主義社会や、それが根ざす社会正義の価値観を脅かしかねない。
不安定化をもたらす主要な力は、民間資本収益率rが所得と産出の成長率gを長期にわたって大幅に上回り得るという事実と関係がある。
不等式r>gは、過去に蓄積された富が産出や賃金より急成長するということだ。この不等式は根本的な論理矛盾を示している。事業者はどうしても不労所得生活者になってしまいがちで、労働以外の何も持たない人々に対してますます支配的な存在となる。いったん生まれた資本は、産出が増えるよりも急速に再生産する。過去が未来を食い尽くすのだ。
これが長期的な富の分配動学にもたらす結果は、潜在的にかなり恐ろしいものだ。特に資本収益率が、当初の資本規模に直接比例して増えるということまで考慮するとその懸念は高まる。そして、この富の分配の格差拡大は世界的な規模で起こっているのだ。(p.601,602)

そういう状況なので、単なる所得税の累進税率アップということでは、問題は解決できない。何しろ、所得の成長よりも資本ストックの収益率の方が大きいのだから。だからピケティは、この課題解決のためには、累進的な資本税こそが必要である、と主張する。じつにもっともな主張だが、この提言の段階に至って、彼の言葉は少しずつユートピア的なものになっていくことになる。

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