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『教養のためのブックガイド』/小林康夫、山本泰編

『教養のためのブックガイド』/小林康夫、山本泰編

ときおり、「読みたい本リスト」というやつを更新したくなる。リストにはとにかく本の名前が大量に並んでいるので、すぐに自分でも内容が把握できなくなる(だから、じっさいのところ、いまいちうまく機能していない…)のだけれど、本読みのモチベーションを上げるためには、こいつに手を入れて――リストの順番を入れ替えたり、もう読んだものを削除したり、読みたいものを追加したり、この順番で読んでみようかなー、なんて計画を練ったりなんかして――「自分がいま読みたい本」がきちんと整理されたリストにしてやる必要があるのだ。

本書は、そんな「読みたい本リスト」に追加したくなるような本がいっぱいに詰め込まれた一冊。東大教養学部の教授陣が、文学、歴史、宗教、生物、宇宙などなど幅広い分野から「教養のための」本をチョイスして紹介してくれている。紹介の仕方は各人さまざまで、網羅的なガイドブックというようなタイプではないのだけれど、その分さまざまな文脈の本が集められているように感じられた。

俺にとってとくに印象深かったのは、野崎歓の「読む快楽と技術」という章。野崎は、こんなことを書いていた。

白いページに散らばるインクのしみを眼で見、耳で聴き取る。そのこと自体がすでにして深い快楽をはらむ営みなのに違いない。幼児をごらんなさい。ある日、絵本をただ読み聞かされていることに満足しなくなり、そこに散らばっている記号を自分で声に出してみようと試み出す。たどたどしく愛らしい最初の音読の嬉しさを、あらゆる読書は無意識のうちに反復しているのではないでしょうか。(p.190)

読書の営みを、コミュニケーションや情報の伝達といささか異なる次元に位置づけるべきなのは、それが書き言葉への親しみであるからです。声を聴き取ると言ったって、実際には文字が脳内によびおこす幻想にすぎない。そうした文字の不思議な力の働きをあらゆるかたちで組織し、拡大し、探求しようとする営み。それが文学と呼ばれるものです。
読む快楽とはすなわち文学の喜びだとぼくは信じています。(p.191)

文章を読むということ、文字によって表された音の響きを感じ、そこに内包された不思議な力の働きを通して、書き手の語る内容を意味あるものとして感知するということ。そこにはほとんど原初的と言ってもいいような、シンプルで単純な快楽があるんだよなー、ということを、こういう文章は改めて教えてくれるようにおもう。


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