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元旦、実家にて

30日の夜から、実家に帰って来ている。ひさしぶりの横浜。ごみごみした横浜駅の雑踏も、みなとみらいの無機質なグレーも、自分の部屋から見える風景も、おもっていた以上に懐かしくて、やっぱりここがホームなんだな、なんて実感しながら年賀状を作ったり、家族でだらだらテレビを見たりして年末を過ごしていた。

そうして気がつけばもう元日の朝。外には正月っぽい透明な水色の空が広がっている。今年は初詣なんかに行く予定もないので、自室にて去年の反省/今年の抱負についてかんがえてみたいとおもう。

 *

…まあ正直言って、2009年はきつい年だった。年初め、冬のあいだこそ何もかもが順調って感じだったものの、春以降はもうおもい出したくもないくらい辛いことが続いたり、自分の運の悪さを呪いたくなったりすることが本当に多かった。映画はぜんぜん見れなかったし、本も大して読めなかった。この日記もあまり更新できなかった。こんな生活をどうにかしなきゃ、っておもいつつも、自分がどうしたいのか、限られた選択肢のなかからどんな生活を選び取りたいのか、本当のところはよくわかっていなかったような気がする。

それでも本や映画や音楽は数少ない救いだった。『1Q84』や『レスラー』には本当に勇気づけられたし、オケがなくなった穴を埋めてくれたのは新しくはじめたバンドだった。それらがなかったら俺は2009年を乗り切れなかったんじゃないかとすらおもう。

なので、そんな素晴らしい作品たちへの感謝の気持ちをキープしつつ、2010年の抱負としては、

1.後悔しないように日々を充実させる

2.今後どういう生活をしていくのか、方針をきちっと定めて、やるべきことをやる

3.生き延びる

この3本でいってみようとおもう。

1年なんてぼやぼやしていたらあっという間に過ぎてしまう(2009年は本当に早かった…)。今年はひとつ、甘美な人生に突撃するべく、自分に負荷をがんがんかけて、やるべきことをやっていきたい。

 *

…ってことで、もう2010年ですね!この日記を読んでくださっている希少な方々、ときどき星をつけてくださったりする数少ないみなさま、明けましておめでとうございます。そしていつもありがとうございます。今年がみなさまにとってハッピーで忘れがたい一年になりますように!!


サンデー・モーニング

冬の日の晴れた朝が好きだ。それが何にも予定のない休日で、うまいこと早起きできた朝ならもっといい。冷たい空気も薄水色の空も、枯れた木の枝も、コートやブーツの重さも心地よくて、親密な感じがするから。昨日の雨で空気中の塵がすっかり流されてしまったせいか、今朝はとくべつに空気が澄んでいるような気がして、俺はもうそれだけでちょっと幸せな気分になってしまう。

バスに乗って駅前に向かい、スタバに入った。エスプレッソマシンのたてる、プシュウーって音がいい。コーヒーを買って2階に上がる。さすがにまだそんなに人はいない。窓際の席に座って、ミニノートPCを立ち上げているあいだに、本を開く。窓から差し込んでくる日がページのうえに落ちて、白く光った。最近は本を読んだり音楽をやったり、その周辺のことをかんがえたりしている時間がいちばんたのしいな、ってふとおもうけれど、じっさいのところ、それは最近どころか10年くらい前から変わっていないのかもしれない。友達と飲んだり女の子とデートしたり、おいしいものを食べたり買い物したり、運動したり旅行したり、たのしいこと、大事なことはたくさんあるけど、でも、これだけは外せない、っていうのはやっぱり本と音楽のようで、俺はこいつらにほんとに頼り過ぎだな、と改めておもって、そういう自分にちょっとうんざりする。

でも、しばらくすると、キーボードをかたかた叩きながら、こんな12月の朝に読みたい本は、聴きたい音楽は何かな、なんてぼんやりとかんがえていた。江國香織の『流しのしたの骨』は穏やかな冬の日のイメージがあって、合いそうだなーとおもったり、音楽はやっぱりアコースティックな音がいいな、スフィアン・スティーブンスとかソンドレ・ラルケとか、フォーキーなやつがいいな、とかおもったり。どうやら刺激の少ないものを欲しているみたいだ。

気がつくと、スタバの2階席はほとんどいっぱいになっていた。期末試験の勉強をする高校生、英会話の先生と生徒、俺と同じようにPCに向かっているおっさん、頬杖をついて文庫本をめくっている人、何かよくわからないことを延々としゃべっているカップル、スペーシーな柄の着物の北欧っぽい感じの女の人。いろんな人がいる、っておもう。冬の朝の空気や光はその誰もに平等に与えられていて、それぞれの人が自分なりにこの時間を過ごしているんだよな、なんて月並みなことをおもったりするだけで、こんな朝はなんだか妙にうれしい気分になってしまうのだった。


夏休み日記 09(その4)

8.28

早朝、岡山を出て山陽/東海道本線に乗っかって岐阜に向かう。今年も叔父さん家に泊めてもらうことにしたのだ。13時には岐阜駅に到着し、駅のミスドで叔母さんと一学年分大きくなった従姉妹のチビッコさんたち2人(小4♀・小1♀)とごはんを食べて、車で家へ。

それから夜9時まで、もうひたすら彼女たちの遊び相手になることに。カードやら人形やら、お手製の人形劇セットやらを、これ見てこれ見て!これやろう!って次から次へと出してくるので、それに延々とつきあうのだ。大したことをしているわけじゃないし、正直疲れはするのだけど、これが意外とたのしい。自分のことを子供好きだとおもったことはいままで一度もないけれど、でもたのしい。というか、去年の日記にも書いたはずだけど、この子たちはまじで超かわいいのだ。それはもうフィービーも顔負け、ってくらいに。あー、俺もかつてはこんなかわいげのある子供だったんだろうか…いや、それはないよな、きっと…俺は素直さの欠片もない、ただの弱気なシャイボーイだったじゃんね、とか内心おもいつつ、やさしいお兄さん面をしてひたすら遊んだ。

夕方にはもうへとへとになっていたけど、晩ごはんに近所のお好み焼き屋にみんなで向かうあいだ、チビッコ2人と左右の手を繋いで広い道路を歩いていると、何とも言えず平和な気分になり、うわ、なんか幸せだなー、この子たちすごいなー、とおもったりした。

8.29

朝8時頃起床で、また午前中いっぱい2人の遊び相手になる。去年はじめて教えてもらったポケモンカードの遊び方だけど、俺はもう完璧にマスターしたとおもう。

昼食の後、従姉妹たちが学校の友達と遊びに行き、ようやく自由の身になったので、ひとりで長良川まで歩いてみることにした。雨が降り出しそうなくらいに曇っているけれど、じっとりと暑い。ここはもともと母の実家だったので(祖父は10年くらい前に、祖母は15年くらい前に亡くなった)、小さい頃はよく来てたよなー、この道を親父と妹と3人で歩いたことも、何度かあったっけ…なんてかんがえながら進んでいく。おもえばあの頃、おじいさん家から川までの距離は本当に果てしなく遠いものだったけれど、今回歩いてみると拍子抜けするほどあっという間に着いてしまい、俺はいつの間にか過ぎていた時間の長さをおもったのだった…的な感じになったりするかなー、なんてちょっと期待していたのだけど、そんなことはなくて、やっぱりふつうに結構遠かった。

どんよりした空の下で流れる長良川は広くて穏やかで、うーんやっぱり川っていいよな!なんて気分を盛り上げようと試みるけれど、どうにも陰鬱な天気であることには変わりなく、昔こうやって石投げて水切りとかやったりしたよねー、なんて思い出に浸ったりすることもなく、足早に家に戻る。

今夜は家で夕食。この家はみんなカトリックで、食事のまえに感謝の祈りをする。4人とも早口でぱぱぱってやってしまうわけだけど、信仰のない俺はその時間がなんとなく手持ちぶさたで、でもちょっとだけ、信じれるものがあるっていいな、とか安易な感じにおもったりしてしまう。自分の他にも、自分と同じものを同じように大切に信じている人がいるんだ、って実感できることはどれだけ人を強くするだろう、とかそんなことをかんがえてしまうのだ。中高といわゆるミッション系の学校に通いながら、そんなことは一度もかんがえたことはなかったのに、これって成長だろうか、それとも単に俺が弱くなっただけだろうか、なんてぼんやりする。

で、その後またまた従姉妹2人とかわりばんこに遊び、9時頃とうとうお暇することに。こんどいつくるの?すぐくる?またぜったいぜったいきてね!と繰り返し言われ、うんうん来る来るすぐ来るからちゃんと待っててよーと返し、ハイタッチして、叔父さん叔母さんにお礼を言って別れた。春まではかてきょやら塾やらで毎週小学生を相手にしていたわけだけど、久々に子供と遊びまくって、こういうのも結構いいな、とおもった。しかしこの子たちもこれからいろんな経験をして、傷ついたり傷つけたりしながらなんとなくオトナになっていっちゃうんだろうなーとおもうと、なんていうか胸が痛くなる。でもだからって、俺やあるいは別の誰かがキャッチャー・イン・ザ・ライになるってわけにはいかない。結局、みんなひとりでオトナになる他ないのだ。

岐阜から名古屋まで移動し、夜行バスに乗る。もともとは明日一日かけて鈍行で帰るつもりだったのだけど、来週からの仕事に備えて体力を温存する方向でいくことにしたのだ。やれやれ、休みちゅうにも次の仕事のことをかんがえる、これが社会人ってやつですか、なんだかなあ…とかおもいつつ、イヤホンを耳に突っ込み、iPodの旅用プレイリスト(去年とあまり変わってない)をかけて、眠りに落ちた。

8.30

日曜日。早朝に新宿に着き、もう旅行終わっちゃったな、っていうか夏休みももうおしまいだな…とさびしい気持ちになりながら家に向かう。まだ関東バスは動いていないから、中野駅から新井薬師の方向に、睡眠不足でだるい身体をずるずる運ぶようにして歩いていった。空は少しずつ明るくなってきていて、夏らしい、暑い一日になりそうだった。


夏休み日記 09(その3)

8.27

5時頃起床。曇天。もう雨の降り出しそうな気配がむんむんなので、チャリで島を回るのはあきらめることにする。昨夜ちょびっとずつ仲良くなった同部屋の人たちと別れ、朝いちのバスに乗ってまずはベネッセミュージアムに向かった。館内にはほとんど人気がなく、小さな美術館のなかをゆったりと見て回ることができる。ジャスパー・ジョーンズの「ホワイト・アルファベット」と、ジャクソン・ポロックの「黒と白の連続」って作品がよかった。

ベネッセミュージアムを出て、どんより曇った空のもと、地中美術館まで歩いてみることにする。昨夜と同じような山道を上ったり下ったり。途中ですれ違った地元のおっさんに、美術館は10時からだよー、こんなとこ歩いてても何もないだろー、なんて言われるけど、や、この何もない感じを求めて来たみたいなところもあるので、っておもいつつ先に進んでいく。ぜんぜん日は差してこないくせに、ものすごく蒸し暑い。途中で小雨にぱらぱら降られたりしつつも、美術館近くのチケット売り場/バス停に到着し、開館時間をひとり待った。虫と鳥の声、ときどき遠くから聞こえる車のエンジン音、ってだけの静けさで、心地よいひとりぼっち感を満喫。9:30くらいにバスがやってくると、一気に人が増えた。同室だった長髪ヒゲピアスの兄ちゃんにも再会。

 *

そうしていよいよ地中美術館へ。地上には建物がほとんど出ていない、ふしぎなデザインの美術館だ。小さな建物なのだけど、期待に違わずものすごくかっこいい。いかにも安藤忠雄っぽいコンクリートの打ちっぱなしと吹き抜けから見える空、狭い隙間から差し込んでくる光、それと対照されるべたっとした暗闇。無機質なのにどこか温かみのある空間の全体は、独特の静けさと緊張感とに包まれていて、ここにずっと居れたらいいのに、とまたおもった。

美術館に展示してある作品は3組で、そのどれもがなかなか強烈な印象を持っていたのだけど、俺はモネの睡蓮の絵に完全に打ちのめされてしまったので、そのことだけを記しておくことにする。

何がよかったのかって、もう、まず、絵を展示してある部屋に入るまでの演出からしてかっこいいんだこれが。いかにも地下って感じの暗い廊下を抜けて歩いていくと、少しずつ空間の白さが増してくる。そうして睡蓮の部屋に突入することになるんだけど、ぱっと開けたそこは、もう全体が真っ白なのだ。いや、真っ白というか、それは本当は白と薄いグレーなのだけど、とにかく初見の印象としてはそんな風におもえるのだ。そうしてよく見てみると、間接照明に自然光が取り入れられていること、そしてそのためか耳がきいんとするような張りつめた雰囲気ではなく、もっと暖かく穏やかで同時にひんやりとした落ち着きのある空間になっていることがわかってくる。

そんな部屋のなかに展示されているのは、モネの最晩年の5枚の睡蓮の絵だ。俺がいちばん好きだったのは、大キャンバス2枚を使った巨大な「睡蓮の池」の絵で、部屋を何度も出たり入ったりしながら眺めては、滞在時間の半分以上をこの絵に費やしてしまった。なんていうか、見れば見るほど、画面から光が溢れてくるみたいな感じがするんだよなー。それに近くで見るのと部屋の入口辺りから距離を置いて見るのとで、ぜんぜん違った絵みたいに見えてくるのもおもしろいし。水面に映った木や空のいろいろな緑色、青色、紫色と、光の柔らかさとが、対比されながらもふしぎな調和を作り出していて、すごくやさしい感じもする。正直いままでモネの作品に特別な興味を持ったことはなかったのだけど、とにかくこれには打ちのめされた。本当によかった。

 **

昼過ぎ、バスで一気に港まで戻り、やっぱり地元民ばかりのフェリーに乗って直島とはもうお別れ。いいところだったな、今度は誰かと一緒に来てみたいな、と宇野に向かう船内でおもっていた。というか、正直、地中美術館のためだけにも、また来てもいいかな、とおもう。

また電車に乗って岡山まで戻り、辺りを散歩してみることに。駅から後楽園まで歩いてみた。むちゃくちゃに暑い。なんだよさっきまでどんよりしてたのに、っておもいつつも、夏っぽい鮮やかな緑がきれいだし、水面が風に揺れて輝きまくるようすにもいちいち感動してしまう。そこではじめて気づいたのだけど、どうやら俺は、海とか池とか川とかが太陽光できらきらってなるのがものすごく好きらしい。そっか、だからモネの睡蓮にあんなに惹かれたのか、とかおもったりする。あれはなんていうか、光を捉え、光を描こうとした絵だったような気がする。

歩き疲れて、夜は岡山駅前のネカフェに泊まることにした。去年泊まったのと同じところだ。


夏休み日記 09(その2)

8.26

予定通り早朝に大阪に到着。空は曇っていていまいちぱっとしない天気だけど、気にせず電車でがんがん西へ向かっていく。姫路で一服して朝食をとった以外は休むことなく移動して、12時頃には岡山を過ぎ、茶屋町に着いた。ここから宇野線に乗れば、もう直島はすぐ近くだ。

宇野線の車内に入ると、一気に空気が田舎な感じになっていて、あー、結構遠くまで来たんだな、ってようやくおもった。車内は部活に行くんだか帰るんだかの高校生でいっぱいで、窓の外にはひたすら田園風景が広がっている。太陽光を反射させてきらきらと光る瀬戸内海が見えたりもして、たのしい。

宇野に着く。空はもうすっかり晴れていて、駅のすぐ目の前にある海が青い。直島行きのチケットを買い、昼食をとって、小さな白いフェリーの待つ乗り場に向かった。まだ1時半だ。

 *

乗客の4分の3くらいが地元民、って感じのフェリーでの船旅はせいぜい15分くらいの短いもので、あっけなく直島に到着してしまう。おー島だね、田舎だね、何もなさそうだね、っておもい、俄然旅気分が盛り上がってきたところで、港のすぐ近くに草間彌生のど派手なカボチャが設置されているのを発見。ずいぶんあっさりと置いてあるのがいい感じだし、なぜか風景に溶け込んで見えるのがふしぎで、おもわず引き寄せられる。不気味だけどかわいい。

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きのうの昼休みに予約した宿(素泊まり、相部屋で3000円)に荷物を置いて、レンタサイクルを借りることにした。そんなに大きな島じゃないから、結構簡単にあちこち回れてしまうらしい。まずは本村地区でやっている、家プロジェクト――古い家屋をいろんなアーティストが改修して作品化しているもの――の建物をひとつひとつ回ってみることに決めた。

本村地区まで来ると、さすがに観光客が結構いる。全体に若い人が多くて、大学生くらいの女の子のグループなんか、多かった気がする。家プロジェクトの建物たちは、普通の住宅地のなかにさりげなく建っているものだから、地図をちゃんと見ないでうろうろしていると、なかなか目的地にたどり着けない。

ようやく見つけた家たちは、どれもぱっと見たときの印象が強烈なものばかりで、とくに建築に詳しいわけじゃない俺が見てもなかなかたのしめた。なかでも南寺の空間はちょっと他では経験したことのないようなおもしろさで(若干ネタばれっぽいので詳しくは書きづらい)、このふしぎな暗闇のなかで一日過ごせたらいいのになー、なんておもったりした。太陽はここにきて全力で照り始めていて、チャリを漕ぎまくってあちこち回っているうちに、すっかり汗だくに。

 **

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夕方、港の近くに戻って、堤防に座って一息つく。たっぷり汗をかいて疲れた身体に、海風が気持ちいい。家プロジェクトも美術館も夕方までしかやっていないせいか、あたりには観光客の姿がほとんどなくなっていて、ものすごく静かで落ち着ける場所になっていた。時折もやい綱がぎいっていう音と、海水がぽちゃぽちゃって寄せる音、小さな虫の声、本当にそのくらいしか音がない。風は穏やかで涼しく、港に沈んでいく夕日の淡いオレンジ色を眺めていると、うん、やっぱり来てよかったな、とおもった。

すっかり夕日も沈んでしまった頃、犬と一緒に散歩しているおばさんがすぐ近くを通りかかった。と、その犬がものすごく切なげな顔をして(なんていうか…とにかくそういう顔の犬だったのだ)じっと俺の顔を見つめてくるではないか。そして微動だにしない。20秒くらいそうして見つめ合っていたとおもうのだけど、これがまあ、だんだんこっちも苦しくなってくるくらいに、絶妙に切なげな表情なのだ。なんだかうっかりいろいろなことをおもい出してしまうような…。いやいや、そんなんじゃないな、犬の顔が切ないんじゃなくて、単に俺が自分の切なげな気分を犬の顔に投影しちゃってるだけだ…とか、頭がぐちゃぐちゃしてきたところで、ごめんなさいねー、というおばさんの声ではっとして、今度はおばさんと顔を見合わせてちょっとわらった。犬はおばさんに引っ張られるようにして去っていくそのときにも、また足を踏ん張って10秒くらいこっちを見つめてきた。なんだかどきっとしてしまう。

 ***

6時半過ぎ、宿へ。シャワーを浴びて、ベッドであしたの移動計画を練っていると、大学生っぽい男子が入ってきた。ここは4人の相部屋なのだ。こんちはー、お疲れっす、って2人でちょっと話していると、なんとお互い中野区の住民だということが発覚、まじかー、世間狭いねー、なんて盛り上がる。彼が、さっき店で地元のひとから聞いたんすけど、って夜景のきれいなスポットを教えてくれたので、じゃあ一緒に行こうよ、という流れになり、2人でチャリを漕いで真っ暗な島を走ることに。

いろいろしゃべりながらひたすら山道を上り、たまに下り、また上って上って上っていく。あたりには電灯がほとんどなく、曇り空のなかで弱々しい月明かりを頼りに、ひたすらにチャリを漕いでいった。途中で超巨大なごみ箱のオブジェを見たり、ねこバスの停留所みたいなのを見つけたり、暗闇のなかでどういうわけかしょっちゅう顔に引っかかる蜘蛛の巣を払いのけたりしながら、長い時間をかけて山の上までたどり着く。汗をかいてひーひー言いながら開けたところに出ると、たしかにそこには息をのむような夜景が広がっていた。

曇っているから星はあまり見えず、海の向こう岸の明かりだってそんなに多くはなかった。ただ、その代わり、明るく輝く月が静かな海の上にまっすぐ光を落していて、それがまるで海と月とを結ぶオレンジ色の道みたいに見えたのだった。5メートル先もよく見えないような濃密な暗闇のなかで、そのオレンジ色はほとんど神秘的に美しく、俺は口を開けて眺めてしまっていたとおもう。2人して、これはやばいね…とつぶやき合い、いやー、来てよかったね、めっちゃ疲れたけど、とわらい合う。その後、彼はデジタル一眼で月が海に映し出す光の道の画をなんとかものにしようとがんばっていたけど、なかなかむずかしいみたいだった。

急な坂をジェットコースター気分で一気に駆け下り、宿まで戻る。隣にあるバーでちょっと飲みつつ話をした。これからのプランのこととか、一人旅っていいよね、何するのも自由って感じがさ、とか、そんな話。

部屋に帰って、同部屋の他の2人(長髪・ヒゲ・口元にでっかいピアスのかっこいい兄ちゃんと、なぜか地元民と一緒に釣りしてました、って大学生男子)ともちょっと話をしたりして、日付が変わる前には就寝。きょうはたくさん動いて疲れた。


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