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『打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?』

打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか? [DVD]

早稲田松竹にて。小学生の夏の一日をあまずっぱく描いた映画。すきなタイプの作品だし、おもしろくないとか退屈だっていうわけではないのだけど、『スタンド・バイ・ミー』のすぐ後に見たせいか、映像も音楽も、どうにも説明過多、情緒過多であるようにおもえて仕方なかった。

ただ、これも子供たちの演技にぐっと引き寄せられる作品で、小学生の目線にきゅんきゅんってなってしまうところは、少なからずある。バスでの会話とか、幻想的な夜のプールのシーンなんかはやっぱり素敵で(奥菜恵の輝きっぷりは尋常じゃない!)、この胸を締めつけられるような感じが岩井俊二だよなー、なんて、改めておもったりした。

もともとがテレビドラマなので、50分程度に短くまとまっているのだけど、日本の夏休み、って空気がていねいに封じ込められていたのもよかった。あー、スラムダンクとかスーファミとか、なつかしいな…なんて、ついついノスタルジアに浸ってしまったりして。


『リリイ・シュシュのすべて』

リリイ・シュシュのすべて 通常版 [DVD]

DVDで。この映画で描かれているのは、思春期のころのやたらと繊細で、かつ激しい感情だ。ガラスのような、ってすごいださい比喩だとおもうけど、でもほんとにそんな感じ。割れたら、指とか切れて血がでちゃいそうな。岩井俊二監督ってもうとっくにオッサンだとおもうけど、こんな少年みたいなきもちを心のどこかにずうっと保ちつづけていたのだろうか。なんかちょっとこわいかも、とかおもってしまう。でも、すごく繊細で、もう既に自分の感性から消え去った(去りつつある?)なにかが、この映画にはぎうぎうに詰まっているような気がして、だからこの映画を見ていて胸が痛くなった。

リリイ・シュシュは徹底的にフェイクな存在として描かれているように俺は感じたんだけど、その存在の薄っぺらさや安さが、中学生が縋る対象としてすごくリアルだとおもった。人が頼りたくなるのは何もその対象が高尚だからじゃない。リリイという存在のフェイクっぽさを理解していながらも、そこになにか救いのようなものを求めようとするきもちは決して嘘じゃなくて、切実なものだ。そこでは、他人の欲望の目線が自分の欲望のなかにおりこまれている、ということがいえるかもしれないし、もちろん他人とのつながりを求める心だってあるだろう。主人公たちがネットに書きこむことばは、リリイと同様に薄く、安っぽく、ちょっと神経症気味で、でもそこが無防備でほんとうにリアルに感じられた。

ノスタルジアただよう、異様なくらいうつくしい映像も、それはやっぱり主人公たちの心象とあわせてうつくしいと感じられるのだけれど、決して高尚なうつくしさじゃなくて、わかりやすい紋切り型的な状況や風景(田園風景とか、海のシーンとか、凧揚げのシーンとか、どれもいわゆるきれいな風景ですね、っていう)だからこそ響いてくるものがあるようにおもえた。平凡な限界を持った、あらかじめ同意されたリアリティを内包した映像美。そこにノスタルジアを感じるような気がする。そして市原隼人や蒼井優の演技は眩しすぎる。ああ、中学生だなー、なんて映画を見ながら何度もおもっていた。ばかみたいだけど。

物語そのものは、グロテスクでもあるのだけど、ひどく繊細でうつくしい。本当いい映画だとおもう。学校ってすごいハードなところだったんだなー、とか、しみじみしてしまった。


『花とアリス』

花とアリス 特別版 [DVD]

岩井俊二監督、『花とアリス』を見た。DVDで。花とアリスの恋やそれにからみつく嘘、芝居、アリスが宮本をつれて父親とのおもいでを辿るシークエンス、花のシリアスな告白と下品な落語との落差、宮本が海岸で拾うハートのエース、すべてのストーリーやシチュエーションがいかにもつくりものじみていて、安っぽく、薄っぺらく、また、同時にひどくきれいでもある。この物語は、ある種のファンタジーだといえるだろう。そんな日常のなかのファンタジー性をつよく呼びさます、独特の幻想的な映像は、やはりとてもうつくしいけれど、うすっぺらな寓意がほの見えている。

しかし人の生とは、あるいはこの世界とは、そのようなところなのだ。人はそんな安く、うすい生のなかで、人をすきになったり、いいことやわるいことをし、みじめな気分になったり、よりよく生きたいと願ったりする。そんな安さや薄さのなかにこそ、うつくしさがある。それは安く、薄っぺらなものであるがゆえに、はかなく、だからこそうつくしい。

物語のクライマックス、花やアリスがそれら安さや薄さからいったん離れ、小細工や遠まわしないいかたではない、手の内を見せた告白をしなければならない場面がおとずれる。そこでは、今まで隠しに隠してきた自分の持ち札をすべてさらけだして、相手と対峙しなければならない。なんとか相手の領域にはいっていって伝えようとする、懸命なおもいは、繊細だが、切実なものだ。そこには、彼女たちの切実さゆえに、うつくしさがある。状況や展開の安っぽさと関係なしに、単にうつくしさとして伝わってくる力強さがある。

人間なんて薄っぺらい。ぺらぺらだ。けれど、そんななかでもがき、その人なりに必死に生きるところに、人間のうつくしさはある。あるいは、そんななかにしか、うつくしさは存在しない。なんとなく、そんなことをおもった。


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