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『脳も体も冴えわたる 1分仮眠法』/坪田聡

『脳も体も冴えわたる 1分仮眠法』/坪田聡

Kindleにて。

睡眠が不足しているときには、自分の満足のいくパフォーマンスを発揮することはできないものだ。疲労が身体じゅうに蓄積している感じがするし、集中力や思考力だってあからさまに低下する。感情的にもネガティブな方向に流されるようになりがちだ。

あと、俺の場合、ここ2,3年というもの、ちょっとでも睡眠時間が足りなくなる(5時間以下の睡眠が何日が続いたときとか)と、日中にひどい偏頭痛がするようになってしまって。これがまあ、仕事にならなくなるどころか、もう本当に何もできなくなるくらいに痛い。こめかみのちょっと上辺りに、何kgもある重りがぶら下がっていて、そいつがぐいぐい引っ張られているような感じなんである。だから俺の持っているすべての鞄のなかにはバファリンやらイブクイックやらが常備されているわけだけれど、睡眠不足を根本から解消するためにはやっぱりどうにかして睡眠を取るしかない。

そういうわけで、役に立ちそうな睡眠本を以前から探してはいたのだけれど、今回は「1分仮眠法」って魅力的なタイトルに惹かれて(あと、Kindleストアで安くなっていたので)、本書をチョイスしてみることにした。以下は、個人的になるほどとおもった部分についての、簡単なメモ。

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  • 主体的に仮眠をとるのが大事
  • 睡眠不足解消のためには、短くて1分、長くて20分程度の「仮眠」を毎日の生活のなかに取り入れるのがよい、というのが本書の中心となる主張だ。コツは、眠気を感じる前に(眠気が来そうだぞ、ってタイミングで)仮眠を取るようにすること。主体的に脳を休息させ、眠気を先取りして解消するのがポイント、ということらしい。また、潜在意識に「仮眠を取ってパフォーマンスを上げるぞ」「1分眠って回復しよう」とポジティブなメッセージを言い聞かせたりするのも効果的だとのこと。

  • 仮眠は座ったまま取る
  • そんな仮眠だが、基本的には、椅子に座って取るのがよい。椅子に腰掛け、机に突っ伏した状態になるのまではOKだが、身体を横にしてしまうのはやめた方がいい、とのこと。身体を横たえると、「睡眠慣性」が発動しやすくなり、寝過ぎてしまう可能性が出てくるため。

  • 30分以上の仮眠はNG
  • 30分以上眠ってしまうと「睡眠慣性」が強く働くようになり、仮眠後も眠気が継続してしまうのだという。日中にやるのはあくまでも「仮眠」ということで、あんまりがっつり寝るのはNG、というわけだ。また、週末などに寝不足を解消するために仮眠を取るような場合も、1時間半〜2時間以内に留めるようにしておくべきだという。それ以上眠ってしまうと、体内リズムが崩れてしまうということらしい。

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上記の他にも、睡眠にまつわるトリヴィアルな知識がいろいろと書かれている(寝溜めはできない、死亡率が低いのは7時間の睡眠を取っている人、22時〜2時はお肌のゴールデンタイム、暗記物は寝る前に覚えるのが効果的etc.)が、とくに真新しい情報はなかったようにおもう。

まあ、意識的に仮眠を取るのはちゃんと効果があるよ、ってことがはっきりと理解できたのはよかったかな。あと、1分で劇的に睡眠不足が解消できたりする裏技みたいなものはない、ってわかったのもよかった。


『20歳の自分に受けさせたい文章講義』/古賀史健

『20歳の自分に受けさせたい文章講義』/古賀史健

ネットだか雑誌だかで絶賛されている記事を読んで、そうかーじゃあ読んでみなくっちゃだね!とおもって手にとった本書だけれど、少なくとも俺にとっては、得るところのあまりない一冊だった。著者の主張はいちいちもっともだし、わかりやすく、読者を突き動かすような熱もたしかに感じられはするのだけど、これってそれなりの量の文章を書いている人ならば、誰もがかんがえているようなことじゃないの?っておもわされてしまって。これが、「ライターの手の内」とかって言われても、え、それだけ?まさか!っていうか…。まあ、「はじめに」にも「文章の苦手な人が悩んでいるのは、「話せるのに書けない!」というもどかしさなのだ。」なんて書いてあるし(いやいや、逆だよ逆!っておもった)、単に自分は本書が想定している読者ではなかった、ということなのかもしれない。

「文章講義」の内容としては、「文章を書くのは、読者の心を動かし、行動を引き起こさせるため」、「頭のなかのぐるぐるを言葉に翻訳することこそが、書くということ」、「言葉の説得力は、断定というリスクを冒してこそ生まれる」、「自分の頭で考えて整理したことだけが、アウトプットできること」、「文章でなにより大切なのは、リズム」、「構成は必ず可視化して、眼で考えること」、「原稿をもったいと思ってはだめ。積極的にはさみを入れて編集すること」、などなど。こまごましたテクニックの羅列ではなく、文章を書くとは、文章で何かを伝えるとはいったいどういうことなのか、という一点にフォーカスしているところが本書の特徴であり、それをどうしても伝えたい!っていう著者の想いが全体的な熱っぽさに結びついている感じは、ちょっといいなーとはおもった。


『読書の技法 誰でも本物の知識が身につく熟読術・速読術「超」入門』/佐藤優

『読書の技法 誰でも本物の知識が身につく熟読術・速読術「超」入門』/佐藤優

佐藤優による、読書術本。佐藤は毎月およそ300冊(!)、多いときには500冊(!!)ほどの本に目を通しているのだという。ただし、そのうちで「熟読」しているのは、4、5冊のみ。その他の本については、「速読」もしくは「超速読」にて対応している、ということらしい。本書では、そういった佐藤流の読書メソッドや、基礎知識の身につけ方なんかについて整理がなされている。

佐藤曰く、読書術とは、知の技法のもっとも基礎の部分にあたるものだという。

なぜ、読書術が知の技法のいちばん初めに位置づけられなくてはならないのだろうか。
それは、人間が死を運命づけられている存在だからだ。そのために、時間が人間にとって最大の制約条件になる。少し難しい言い方をすると、人間は、制約の中で、無限の可能性と不可能性を同時に持って生きている。(p.3)

人に与えられている時間は有限なのだから、効率よく知識を得ていかなくちゃね、そのために読書が有益なのは自明だけれど、でもやっぱり、必要に応じて本の読み方を変えていく必要があるよね、って話だ。以下、佐藤が紹介している3種類の読書法について、簡単にメモをとっておく。

●熟読法

基本書(ある分野の基礎知識を得るための、基本文献)を読むときに用いられるのが、熟読法。これはちょっとハードな本を読んだことのある人なら、おおよそ実践しているような方法なんじゃないだろうか。同じ本を3回読む。

第一読では、重要とおもわれる箇所、よくわからないが重要そうな気がする箇所などに線を引きながら、全体を通読する。このときに大切なのは、仮読みのような手法で漫然と読まないようにする、ということ。(一度ざっくりとした読みをしてしまうと、その後、重要事項がきちんと頭に入りにくくなってしまうため。)

第二読では、一読目に線を引いた部分から、とくに重要とおもわれる部分を四角く囲っていく。囲みの量は、どんなに多くてもテキスト全体の10分の1程度に留めておくようにする。そして、この囲みの部分をノートに書き写し、欄外に「わからない」とか、「○○の言説と対立」などといった書き込みをしていく。これが記憶を定着させ、理解を深めるコツというわけだ。

第三読では、まず目次の構成をよく頭に叩き込んだ上で、もう一度全体を通読する。このとき、結論部を3回読んで、著者の主張への理解を確かなものにするようにする。

●超速読法

超速読においてとくに重要なのは、1冊を超速読するのに5分以上はかけない、と自分自身に誓ってしまうこと。たったの5分で1冊を処理しようというわけだから、当然、できることはごく限られたものになってくる。

まず序文の最初の1ページと目次を読み、それ以降はひたすらページをめくっていく。このとき、文字をじっくり読んだりはしないし、原則として、一行一行線を引くこともしない。ただし、気になる箇所や語句が見つかった場合は、後で分かるように鉛筆なり付箋なりドッグイアなりで印をつけておくようにする。本を最後までめくり終えたら、結論部のいちばん最後のページを読む。これで本全体の印象をつかむと同時に、その本で自分が読むべき箇所の”あたり”をつける。

要は、超速読というのは、「この本が自分にとって有益かどうか、時間をかけて読むに値するかどうか」をすばやく判別するための作業というわけだ。だからもちろん、当該分野の基礎知識を持っていない場合は、この方法を適用することはできないし、この方法で本の内容をしっかり頭に叩き込むことなんかも、できはしないだろう。

●速読法

「普通の速読」とは、400ページ程度の一般書や学術書を30分程度で読む技法である。
その後、30分程度かけて読書ノートを作成すれば、着実に知識を蓄積することができる。ちょっと訓練を詰めば、普通のビジネスパーソンが2~3日かけて行う読書を、わずか1時間程度で行うことができるようになる。普通の速読ができるようになれば、読書術は完成したと言ってよい。(p.76)

お~、これはすごい!ぜひ身につけたい!っておもわされるのが、速読法だ。ただやっぱり、これがいちばんむずかしいらしい。

原則としてもっとも大事なのは、超速読と同じく、当該分野の基礎知識がじゅうぶんにあることなのだけれど、速読においてその次に重要なのは、本の内容を完璧に理解しようという完璧主義を捨てること、なのだという。つまり、速読は、「あくまでも熟読する本を選別するための作業」であるという認識を持つこと。速読が熟読よりも効果を上げることはあり得ないのだから、ここでむだに時間をかけてしまわないよう注意すべし、というわけだ。

まず、目次とまえがきを注意深く読み、それから結びの部分を読む。そこで得られた情報から、自分に役立ちそうな記述がどの章に記載されているかのあたりをつけ、該当する章を端から文字を追って読んでいく。その後、残った時間でそれ以外のページを超速読してしまう。このとき、内容に引っかかって同じ行を何度も読み返してしまう、という時間のロスをなくすため、一行一行、定規を当てながら速読するのもよい。1ページ15秒程度で読めれば理想的。重要とおもわれる箇所には、いつものように、鉛筆や付箋で印をつけておく。

イメージとしては、新聞の読み方の応用という感じ、と佐藤は書いている。30分で一冊を処理するのがひとつの目標だけれど、本によっては1冊に2,3時間かけてもOK。まずは自分の仕事に関する分野の新書やビジネス書、一般書を選び、30分、1時間という枠を設けて始めてみるのがよいだろう、とのこと。


『始めよう。瞑想 15分でできるココロとアタマのストレッチ』/宝彩有菜

瞑想のやり方とその効果について、かんたんにまとめられた一冊。瞑想の手順自体は30ページ程度にまとめられているので、ぱらぱらっと読んだらすぐにでも始められてしまうところがよい。また、本書の瞑想に対するスタンスは、「瞑想とは、宗教ではなく、科学である」というものなので、瞑想時の脳の働きをいちいち論理づけて説明してくれているところもポイント。なるほどねーってそれなりに納得しながら読み進めることができなければ、わざわざ瞑想しようという気にはなかなかなれないだろう。

紹介されている瞑想の手順をかんたんにさらってみると、

1.座る
静かで刺激のない環境を用意して、座る。無理のない態勢、落ち着いた心持ちをキープ

2.マントラを唱える
そのまま、頭のなかでとくに意味のない呪文(マントラ)をひたすら唱える。意味のない言葉を延々と繰り返していると、頭は退屈してもっと優先度の高い案件を取り上げたくなってくる。つまり、さまざまなかんがえ(雑念)が浮かび上がってくる

3.雑念を片付ける
これらの雑念を、ひとつひとつ取り上げては、棚上げしていく。それについてかんがえたり、検討したりするのを、「いったんやめ」にして、先送りにする

4.頭のなかが「空」になる
こうして、頭のなかでぐるぐるしていたもろもろの雑念を一時退避させていくことで、頭のなかのデスクトップがクリーンな状態になる

骨子だけを取り出せば、まあこんな感じだろうか。要は、「落ち着いて、マントラを唱えながら、浮かんできた雑念を片っぱしから保留にしていく」ことで、頭すっきり、快眠快便、ストレスフリー!ということだ。

これといって神秘的なところ、超科学的なところなどない、ほんとうにシンプルな話なのだけれど、じっさいにやってみるとこれが意外にむずかしい。雑念をひとつ片づけるあいだに、ふたつ、みっつと別の案件が顔を出してきたり、肩をつんつんしてきたりするするものだから、なかなかすぐに「空」の状態、完全に無心な状態にまでは辿り着けないのだ。

ただ、あー、自分、こんなにいろんな雑念があるんだなー、ってことはすぐにわかるようになるし、それらをひとつひとつ棚上げしていく作業には、たしかに爽快感がある。瞑想をしているあいだは、自分の頭や心の動きについて意識的になる(扇風機の風や、虫の鳴き声、足の裏の痒みなんかがすごく気になってしまったりもする)わけで、それらがすこしずつ整理されていく感覚っていうのは、なかなかおもしろい。


『読書力』/齋藤孝

読書力 (岩波新書)

俺は基本的にメディア露出の多い文筆家や学者というのはあまり信用していない(というか、単に好きでない…)ので、本作の著者である齋藤孝氏の本についてもいままでまったく読んだことがなかったのだけれど、いやいや、なかなかどうして、こいつはおもしろかった。やっぱり食わず嫌いはよくないね。氏の読書にかける尋常でない思いがほとばしった、熱情の一冊と言っていいだろう。

齋藤が本書において主張していることはたったのひとつ、とにかく読め!そして読書力をつけろ!ということのみ。はっきり言って、超明快である。ただ、それをもうとにかくあらゆる方向から幾通りものやり方で読者に迫ってくるわけで、その様はほとんど暑苦しいくらいだ。曰く、読書は自分の世界観、価値観を形成し、矛盾しあう複雑な諸要素を心の内に共有させる、自己形成の礎となるものである。己と異なる他者を受け入れることのできる柔らかさこそが、読書によって身につくものであり、それはコミュニケーション力を生成する素地となるであろう。読書こそが本格的な思考力のいちばんの基礎であり、読書の習慣の復活こそがこの落日の日本の地盤沈下を食い止める最良の方策であることは疑いない、などなど…。

本書は、ふだん読書しない人、読書の価値を不要に貶めようとする人に対する説得の書、というような立ち位置を取っているため、ふつうに本好きの人にとってはとくに真新しいことが書いてあるわけではない。けれど、齋藤の煽るような文章の発する熱量はなかなかに魅力的で、読書に対するモチベーションを上げるには、非常に効果的だ。

熱くなりすぎて筆が暴走している箇所がいくつもあるけれど、読書好きの人間ならば、むしろそんなところに好感が持てるだろう。

私がひどく怒りを覚えるのは、読書をたっぷりとしてきた人間が、読書など別に絶対にしなければいけないものではない、などと言うのを聞いたときだ。こうした無責任な物言いには、腸が煮えくり返る。ましてや、本でそのような主張が述べられているのを見ると、なおさら腹が立つ。自分自身が本を書けるまでになったプロセスを全く省みないで、易きに流れそうな者に「読書はしなくてもいいんだ」という変な安心感を与える輩の欺瞞性に怒りを覚える。

本は読んでも読まなくてもいいというものではない。読まなければいけないものだ。こう断言したい。(p.4,5)

熱すぎてちょっと笑ってしまうが、言っていることは至極もっともだ。

また、「読書力」をつけ、それをキープする目安として、齋藤は、”「文庫100冊、新書50冊」を4年間程度で読み、読んだ本については、その内容を要約できるようにすること”という定量的な目標を上げている。こういうところも、非常に明快でよい。そういえば俺には、新書を大量に読む、って発想が欠けていた。


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