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『愛のゆくえ』/リチャード・ブローティガン

愛のゆくえ (ハヤカワepi文庫)

ちょっと変わった「図書館」に住み込みで働いている「私」を主人公にした、ブローティガンにしてはわりと長めの小説。全体に穏やかで、ゆったりとした時間の流れを感じさせる作品だけど、とくに物語前半の、「図書館」の描写が印象的だった。まるで世界の果てのような、しんと静かで穏やかで、どこまでもひそやかな「図書館」。そこに訪れる人々は一様に孤独を抱えており、彼らが持ち込んでくる本たちには、誰も仰ぎ見ることのない闇夜のなかでぽつぽつと微かにまたたく星々といった趣がある。

わたしたちは本の跡をたどるためのデューイ十進分類法や索引システムは使っていない。この図書館に入って来た本は図書館明細元帳に記録し、それからその本を著者に戻す。著者は図書館のなかであればどこにでも、自分が気に入った棚にならどこにでも、自由に置くことができる。

どこに本を置こうとちがいはない。だれもここには本を調べには来ないし、誰も本を読みには来ないからだ。ここはそういった種類の図書館ではない。別な種類の図書館なのである。(p.22)

まあはっきり言って、物語の運びやキャラクター的に特筆するようなところは何もないのだけど、この小説で魅力的なのは、一文一文に込められたイメージの唐突さや、文章と文章との”繋ぎ方”の意外さ、といった部分なのだろう。てきとうにページをめくって、ちょっとだけ引用してみる。

わたしがフォスターを知ったこの長い年月のあいだ、わたしは彼が汗をかいていないのを見たことがなかった。それはおそらく彼の心臓の大きさのせいなのだろう。きっと彼の心臓はカンタロープメロンくらい大きいにちがいないと常日頃から確信していて、ときどき、フォスターの心臓の大きさに思いをめぐらしながら眠ったものだ。

一度、フォスターの心臓が夢のなかに現れた。それは馬の背中に乗っていて、馬は雲の峰に入って行くところで、その雲の峰からは雲が押し払われようとしていた。なにが雲を押し払おうとしているのかは見えないが、いったいどんなものが、フォスターの心臓が入っている雲を峰から押し出して、空から落としているのかを考えるのはおかしなことだった。(p.128,129)

フォスターは汗っかき→だから彼の心臓は大きいはず→そんな彼の心臓を夢に見た、って辺りまではわりと普通にイメージが展開していっているのだけど、段落が変わった後半部分から一気に意味不明になっていくのがすごい。一文ごとに、描写の対象が唐突に増えているからそういう感じがするのかな。まあ、こういう具合にフックになるような文章がちょいちょい出てくるので読むのに退屈することはないし、全体になんともいわく言いがたい浮遊感みたいなものもあって、それがこの小説独特の味わいに繋がっているようにおもう。

ところで本作の原題は、”The Abortion:An Historical Romance 1966″。”愛のゆくえ”よりはもうちょいコミカルというか、ユーモラスな感じ。こっちのほうが俺は好きだな。


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