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『タイガーズ・ワイフ』/テア・オブレヒト

『タイガーズ・ワイフ』/テア・オブレヒト

旧ユーゴスラヴィアはベオグラード出身、1985年生まれの作家のデビュー長編。オレンジ賞受賞作だけあって、安定したクオリティの作品だった。(読み終わってから、著者が自分と同学年の人だと気づいて、おもわずあうっとなった。とっても落ち着いた文体なのだ。)舞台となるのは、長い紛争がようやく終結したばかりの、バルカン半島のとある国。予防接種のボランティアのために隣国へ向かうことになった女医のナタリアを語り手に、彼女の祖父と、かつて祖父が関わりをもった奇妙な人々についての物語が回想されていくのだが…!

本作のプロットは、振り子のように過去と現在とを行き来しながら、少しずつその全体像を明らかにしていくのだけど、そこに、バルカン地域の民間伝承とオブレヒト独自の神話性とが自然に混ぜ合わされていくところが特徴的だ。その混合の仕方は、訳者の藤井光が「訳者あとがき」で指摘しているように、いわゆるマジック・リアリズムを彷彿とさせるもの。とくに過去について描かれたパートは、作者の筆が乗っている感があって、読んでいてとてもたのしかった。

たとえば、登場人物たちの設定からして、なかなかにファンタジックで、わくわくさせるような魅力がある。爆撃によって動物園を抜け出し、野生化したトラ。そのトラと心を通わせることのできる、聾啞の少女。音楽家になるべく村を飛び出したものの、運命のめぐり合わせから村に舞い戻ることとなった、少女の暴力夫。クマ狩りの名人としてその名を轟かせていた、動物の剥製職人。長い放浪と詐欺とを繰り返した末に、村に居着くこととなった薬屋。死神を叔父に持つ、決して死ぬことのない男。…こういった人物たちの来歴や、その最期が語られる箇所こそが、この小説のなかでもっとも輝いている部分だろう。まどろっこしい描写を抜きにして、ひたすらエピソードが連ねられていく様は、ガルシア=マルケスっぽくもある。

あなたが今ガリーナ村に行けば、村人たちはルカの失踪についてそれぞれ違う話をするだろう。その一つによれば、村の木こりが、妻がパイをオーブンに入れ忘れていて生のまま出してきたという夢から目覚めて窓の外を見ると、ルカがいて、寝間着姿で道をふらふら歩いていたという――白いスカーフであごをしっかり頭に縛りつけ、口が開いてしまったまま死なないようにして、肉屋の赤いエプロンを片方の肩に引っかけていた。その話では、ルカの顔は人形のようにかくかく動いていて、目はまばゆい光を、始まろうとする旅の光を放っていた。木こりは窓のカーテンを開けたまま立っていて、恐怖と寝不足で足をこわばらせ、地面に落ちた雪が素足に吹き寄せるなかゆっくり歩を進めていく死んだ肉屋を見守っていた。(p.238)

ただ、現代の物語、語り手であるナタリアのパートについては、全体に動きが少ないこともあって、いまいち牽引力に欠けるようにおもわれた。過去の人物たちの多彩なキャラクターと比べると、どうしたってナタリア自身は地味で、読者を惹きつけるような魅力には欠けているのだ。戦時中の生活の描写も、リアルと言われればそんなような気もするけれど、ものすごく説得力があるという感じでもない。

…とはいえ、それは当然のことなのかもしれない。7歳でバルカン半島を離れ、12歳からはアメリカで暮らしているというオブレヒトは、本作に自らのルーツへの憧憬をたっぷりと込めているのに違いないのだから。彼女のノスタルジアが、作品の部分部分における濃度の違いに結びついているというのは、とても自然なことのような気がする。そんなことをかんがえて、俺はなんとなく納得したような気分になったりもしたのだった。


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