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『ポスト・オフィス』/チャールズ・ブコウスキー

ポスト・オフィス (幻冬舎アウトロー文庫)

ブコウスキーの長編。ひたすら過酷なうえに退屈すぎる公務員の仕事と、酔っぱらいの日々がだらだらと描かれている。内容はだらだらなんだけど語り口は軽快で、テンポよく読み進めていける。ブコウスキーの小説って、なんかもう全部同じだよなー、って改めておもった。酒と女と競馬の話。

天にましますジョンストーン様、ご勘弁ください!おれは、暗闇と雨の中にただ茫然とつっ立っていた。おれって、本当は間抜けだったのか?この不幸はすべて自分で招いているのか?ありうる話だ。実はおれって、おつむの足りない、生きているだけでも御の字な奴ってことも充分ありうる。(p.33)

だるいとき、やさぐれたようなきぶんのときには、ブコウスキーの下品で乾いた文章がよく効く。ったく、なに言ってんだかこのおっさんは…、なんておもいつつ読んでいくうちに、そのたくましさから生命力をもらっていることに気がついたり。これは決してすごい小説ではないとおもうけれど、でもやっぱりおもしろい。


『死をポケットに入れて』/チャールズ・ブコウスキー

死をポケットに入れて (河出文庫)

ブコウスキーの日記。ただ、日記といっても2年半のうちで33日分しかないし、内容についても、ゆるゆると書かれた散文、って印象がある。俺は高校生の頃ブコウスキーがすっごくすきで、この本もたぶんその頃に買ったものだとおもう。当時は、自分のことをやたらと“孤独”とかそういうことばと結びつけてかんがえる傾向が強くて、だからブコウスキーのことばがとても染み入るようだったのを覚えている。たとえば、この本でいえば、

わたしはいつも外側にいて、決して溶け込めなかった。そのことに気づいたのは、学校の校庭でだった。ほかの子供たちは何でも知っていた。わたしはまったく何ひとつとして知らなかった。すべてが白くて目が眩む光にすっぽりと覆われていた。わたしは愚か者だった。しかしそれでも、たとえ自分が愚か者だったとしても、まったくの愚か者ではないとわかっていた。自分が大切に守っている心の中の秘密の世界があって、そこには何かがあった。それが何であれ、何かがあった。(p.108)

なんて文章を読んで、なんだか勇気づけられていたような気がする。自分の孤独とブコウスキーのことばが感応するようなきぶんだった。もっとも、いまでは孤独なんてことばを安易に自分に当てはめて使うことはできないし――っていうか、おまえのどこが孤独なんだよ!って当時の自分に言いたい。まったく、10代っておぞましい…、とか、つい、わかったようなことのひとつやふたつ、言いたくなってしまう――ブコウスキーの態度は孤独というより孤高、と言ったほうがふさわしいようにもおもえる。

最近、日記を書くってなんなんだろうー、なんてだらだらかんがえているので、この本を久々に読み返してみたのだけど、

わたしからすれば、絶えずノートを持ち歩き、何かを思いつくとすぐにメモする連中は大ばか者にしかすぎない。わたしがこうして日記をつけているのは、誰かがそうするよう提案してくれたからだ。だから、敢えて言うまでもないことだが、わたしはもとからの大ばか者ですらないということだ。しかしどういうわけかこのやり方だと書くのがずっと楽になる。ただ書き流していけばいいだけだ。ちょうど湯気の立った糞が丘の斜面を転げ落ちていくように。(p.37)

って書いてあって。うわー、これってまさにハリエットのことじゃん!とおもった。それにしても、湯気の立った糞が丘を転げ落ちていくって、すごいイメージ!


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