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『黄色い雨』/フリオ・リャマサーレス

『黄色い雨』/フリオ・リャマサーレス

まったくもう、これも素晴らしかった!泣きたくなる…というか、もはや死にたくなるほど美しい小説である。語り手は、スペイン山奥の廃村に暮らす、年老いた「私」。「私」は一匹の雌犬と共に崩壊寸前の家でほそぼそと余生を送っているのだけど、誰も訪れることのない村は時間の流れとともに荒れ果てていくばかりで、残されているのは、あまりにも明らかな自分自身の死を待ち受けるということだけ。作中で描かれるアクションはといえば、ただ死を待つこと、それのみ、と言ってしまってもいいくらいだ。

にも関わらず、本作の文章が喚起するイメージは、あまりにも美しい。出口のなさ、孤独、後悔、諦念、あまりにも深すぎる死の影といった要素が、ポプラの枯葉が降らせる黄色い雨のなかに溶け込み、腐敗し、錆びきって朽ちていく村の家々を少しずつ倒壊させていくのだ。

私は毎日、ゆっくりと休むことなく荒廃が進んでいる村を眺め暮らしてきた。一軒、また一軒と家が崩れていくのを目の当たりにし、家が予測したよりも早く倒壊して、自分の墓にならないよう戦い続けてきた。しかし、それも所詮むだな足掻きでしかなかった。これまで私は、いつ終わるともしれない激しい死の苦悶に身を任せている村を見守ってきた。何年ものあいだ、自分が生まれる前にすでに死んでいた村の、最後の崩壊を見守ってきた。私は今日、死と忘却の縁に立っているが、そんな私の耳に、苔に覆われている石の叫びと崩れ落ちてゆく梁や扉の果てしない苦悶の声が聞こえてくる。(p.97)

物語は、基本的に、「私」が過去を回想する形で語られていく。そのため、作品全体には、すべては遠い昔に起こった出来事であり、もはや記憶のなかにしかない…という、悲しみと諦めが入り混じったような感覚が流れている。ただし、物語の冒頭と結末だけは例外で、これらの部分だけは未来形の文章の連なりで描かれている。これがうまい。これによって、「私」の視点、「私」の一人称ですべてを語っているにも関わらず、「私」の死を描くことができてしまう、というわけだ。リャマサーレス、やはり単なる叙情派ではなく、テクニック的にも優れた作家だと言えるだろう。

数時間前から私は夜の闇にすっぽり包まれている。闇はまわりの空気と事物を消し去り、静寂が家を包み込んでいる。これこそまさに死ではないのか。今私を取り囲んでいる静寂ほど純粋なものがあるだろうか?おそらくないだろう。死が私の記憶と目を奪い取っても、何一つ変わりはしないだろう。そうなっても私の記憶と目は夜と肉体を越えて、過去を思い出し、ものを見つづけるだろう。いつか誰かがここへやってきて、私の記憶と目を死の呪縛から永遠に解き放ってくれるまで、この二つのものはいつまでも死につづけるだろう。(p.153)


『狼たちの月』/フリオ・リャマサーレス

『狼たちの月』/フリオ・リャマサーレス

スペインの作家/詩人、フリオ・リャマサーレスの初の長編小説。いやー、これはもう、びっくりするほど素晴らしかった!物語の語り手はスペイン内戦の敗残兵(故郷の山奥に逃げ込んでいるが、フランコ派の軍隊の監視があるために、何年経ってもそこから下りてくることができない)、全編に渡って描かれるのは、孤独と荒廃、疲労と寒気、灰色の風景と死の影…と、ダークなモチーフだらけの物語であるにも関わらず、全体のムードは静謐で瞑想的、きわめて詩的で美しい作品に仕上がっている。

夕方、近くのブナ林でヨーロッパオオライチョウの鳴き声がした。北風が突然吹き止み、木々の傷めつけられた枝にからみついたかと思うと、一気に秋の黄ばんだ木の葉を落とした。
そのとき、数日前から山々を激しく叩いていた黒い雨がようやくやんだ。(p.9)

俺はこの冒頭の段落を読んだだけで、うお~これはいい作家だっ!って興奮して一気に引きこまれてしまったのだけど、リャマサーレスの文章には、そういう力強いイメージ喚起力がある。簡潔でありながらも、鮮やかで詩的。もうね、こういう文章なら、何回読み返したっていい。

本作で取り扱われる感情は、悲しみや孤独、あまりにも絶望的な状況下での家族や仲間への愛など、わかりやすく悲劇的で、読者の感情に強く訴えかけてくるものばかりなのだけど、切り詰められた描写と、センチメンタルになる一歩手前のところでぐっととどまるモノローグが、この物語を、誇り高く、凛としたものにしている。物語性と叙情性、それらを掬い上げる手つきとが、絶妙なバランスでお互いを引き立てているのだ。

以下、本作のなかで、ほとんど唯一と言っていい、幸福のイメージについて描かれた箇所を引用しておく。

一晩中不寝番をした後なので、眠気が蔓科植物のようにぼくの目を覆ってくるが――そんな中、太陽の黄色くて密度の高い光を肌に感じるのは心地いい。細かな粒子となって運ばれてくるタイムの香りがミーガスの温かい湯気とやさしく一つに溶け合って深い香りがする。そうなのだ、こんな風に小屋の壁の冷たい平石にもたれかかって、羊飼いの食事を味わい、薪の燃えるぱちぱちという音やだんだん遠のいて行くけだるそうな気のおけない会話、それに冷たいコウライシバやレダマの花を求めて山を登っていく羊達の鈴の音を聞いていられるというのは、この上ない幸運なのだ。(p.108)

…まったくもうね、俺はほとんどとろけそうになってしまう。選び抜かれた言葉のひとつひとつに、たしかな温かみがあり、輝きがあるのが感じられる。


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