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『灯台守の話』/ジャネット・ウィンターソン

灯台守の話

これはすごくよかったなー。全編に漂う、凍える夜や小さな光、静かな海のイメージが印象に残る、素敵な小説だった。舞台はスコットランド北西部。寒々しく、何もないような荒涼とした土地で、母を亡くした少女シルバーは盲目の灯台守の老人、ピューに引き取られる。灯台で光を守るかたわら、ピューはシルバーに無数の物語を語って聞かせていくのだったが…!

好きなところはいろいろあるのだけど、まずは序盤のシルバーとピューとの会話の暖かさに、ぐっと引き込まれた。

「どうしていっつも一つのお話をするのに、べつのお話を始めるのさ?」

「そりゃあ、何もないところからひょっこり始まる話なんか一つもないからさ。親のないところに子が生まれないのとおんなじだ」

「あたしは父さんなしで生まれたよ」

「そして今じゃ母さんもなしってわけだ」

わたしは泣き出し、それを聞いてピューは悪いことを言ったと思ったのだろう、わたしの顔に触れて、涙をそっとなぞった。

「それもまた一つの話だ。自分を物語のように話せば、それもそんなに悪いことではなくなる」

「お話して、そしたらさびしくなくなるから。バベル・ダークの話をして」(p.34,35)

わたしはもうガクギョウがシンポする見込みがなかったので、頭を好き勝手にあちこちさまよわせることにした。青い舟で海に漕ぎだして、流木を拾うみたいにして物語を集めた。木箱、カモメ、メッセージの入った壜、膨れて腹を上にした、鳥につつかれて穴だらけのサメ、ズボン、サージンの缶詰が詰まった箱ーーわたしが何か見つけるたび、ピューは物語を聞かせておくれと言い、わたしは一生懸命お話を考えたり作ったりして、そうして冬の嵐が荒れ狂う夜は過ぎていった。(p.102)

小説の冒頭こそ、古きよき物語のはじまり、って雰囲気があるのだけれど、ページが進むにつれ、シルバーの人生はいくつもの物語がとぎれとぎれに映し出されるような感じで描かれるようになっていく。そこには明確なストーリー性のようなものはなく、むしろ、彼女の気分、感情の揺れがイマージュとして結晶したものが連なっていっているようだ。それは技法的には、具体性を欠くことによって読者の気分や感傷と共鳴させやすい、みたいな効果を醸し出しているようにもおもえるのだけど、ちょっとうがった見方をするなら、センチメンタル過剰で雰囲気重視な文体だ、なんて言えてしまうくらいのものだ。でも、ともすれば安っぽく、それっぽいだけの小説になってしまいそうな言葉たちが、心の奥底のほうにすっとタッチしてくるような瞬間がある。

これからわたしが語る物語は、わたしの人生の一部を語り、あとは闇の中に残したままにするだろう。あなたがすべてを知る必要はない。すべてなんていうものはどこにもない。物語それ自体が意味になるのだ。

人生が途切れ目なくつながった筋書きで語れるなんて、そんなのはまやかしだ。途切れ目なくつながった筋書きなんてありはしない、あるのは光に照らされた瞬間瞬間だけ、残りは闇の中だ。(p.144)

わたしはかつて救いようのないロマンチストだった。わたしは今も救いようのないロマンチストだ。わたしはかつて愛こそがもっとも価値あるものだと信じていた。わたしは今も愛こそが最も価値あるものだと信じている。わたしは幸せになることなど期待していない。どういう形であれ自分がいつか愛を見つけるなどとは思っていないし、たとえ見つけたとしてもそれで幸せになるとは思っていない。/愛は、たとえて言うなら自然の脅威だ――太陽のように強烈で、不可欠で、非常で、巨大で、途方もなく、温暖でありながら灼熱であり、生命をはぐくむいっぽうで大地を干上がらせる。そしてそれが燃えつきるとき、この地球も死ぬ。(p.209,210)

いや、こんなところだけ引用してみたところで、正直感動的でもなんでもない。でも、作中で、押し寄せるイメージの奔流にどっぷり浸りながらこんな文章に出会うと、それはもう深くうなずきたくなってしまうのだ。そんなところに、しっかりとした小説の力を感じる。

徹底的に感傷的で、物語とか愛とかへのまっすぐな信頼に貫かれた作品だけど、ついつい感傷的になってしまいがちなこんな季節にはぴったりだとおもった。凍えそうに寒い夜の暖炉の光のような、いつまでもくるまっていたいやわらかな毛布のような、そんな小説だった。


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