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「アウルクリーク橋の出来事」/アンブローズ・ビアス

アウルクリーク橋の出来事/豹の眼 (光文社古典新訳文庫)

米ジャーナリスト/作家だったビアスの、おそらくは唯一有名であるとおもわれる作品が、この短編、「アウルクリーク橋の出来事」だ。ある男が橋の上に立っている。周囲には銃を携えた兵隊が多くおり、男の首には縄がまかれている。どうやら彼はこれから絞首刑になるようだ…。という舞台設定のこの物語は、そこからほんの一歩だけ進んだところで唐突に終了する。たった10数ページのシンプルな短編だけれど、たしかにこれは、ほとんど完璧に均整のとれた、刃物の鋭さをもった作品であるようにおもう。*1

短編なのでやはり細かいポイントに目がいってしまうのだけど、ごく短い文章をテンポよく積み上げていき、ふとしたところでその足場を外してしまう、というようなところがうまい。たとえば、こんなところ。

男は目を閉じ、せめて妻子のことを考えて死のうとした。朝日が川の水を黄金色に染め、やや下流の岸辺に霧が這っていて、砦があって、兵隊がいて、流木が行く――というようなことがいまは邪魔になっている。そして、また一つ、よけいなことが気になった。妻子を思っていたい心の中に、割り込んでくる音がある。聞こえないことにはできないが、さりとて正体がわからない。高く響く音である。鍛冶屋の槌音のような、と言ってもよいだろう。いったい何なのだ。はるかに遠いのか、すぐ間近なのか、どちらにも聞こえる。規則正しく繰り返しているが、ゆっくりした鳴り方は弔鐘にも似ていた。一度なってから次に鳴るまでに男は焦れた。なぜか気がかりなのだった。音の絶え間がだんだん延びていくようで、その遅れが狂おしい。だが間遠になるほどに音は冴えた。ナイフの先で耳を突かれるようなのだ。叫び出しそうになるのが怖かった。このとき男が聞いていたのは、懐中時計の音である。(p.15,16)

途中から不意に文章のテンポが上がり、畳みかけるようにして男の感じる緊張と恐怖とが描き出されていくわけだけど、最後の一文、「このとき男が聞いていたのは~」には、きりきりと強まってきたテンションを不意に緩めるような、どこか突き放すようなニュアンスがある。はじめは”男”に寄り添っていたはずの視点が、最後に急に離れてしまうことで、不気味な余韻を響かせるのだ。結果、読者は空中に放り出されたような、肌がざわつくような不安を覚えることになる。

この、”緊張→放り出し”のパターンは、作中何度も繰り返される。本短編は3章立てになっており、各章の内容は、

・1章:首に縄を巻かれた男とその周辺のようす。男の心情

・2章:男が首に縄を巻かれるに至ったきっかけとおぼしき出来事の描写

・3章:男が死の直前に見た白昼夢→男の死

という感じになっているのだけど、各章の終わりはどれも冷徹かつ唐突で、最後の一文はどれも必ず上記のような寄る辺のなさ、心細さを醸し出すようになっている。「アウルクリーク橋の出来事」は、ビアスの他の作品に比べるとホラー的、幻想的な要素は少なめなのだけれど、こういったテクニックが、作品全体をどこか不穏で異様な、忘れがたいものにするのになかなか大きな役割を果たしているようにおもう。

*1:そうそう、先日読んだ『国のない男』のなかでも、ヴォネガットは、本作について、「まさにアメリカ的天才の完璧な見本で、デューク・エリントンの「ソフィスティケイテッド・レディ」やベンジャミン・フランクリンが発明した燃焼効率のいいフランクリン・ストーブに匹敵する。」(p.20)と書いていた。まあでも、これはさすがにちょっと褒めすぎなんじゃないかって気もする。


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