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『夕凪の街 桜の国』/こうの史代

夕凪の街桜の国 (Action comics)

いまさら俺が言うようなことではないのかもしれないけど、これはむちゃくちゃすばらしい作品だ。そして、きわめて重要な作品でもある。ほんと、もっと早くに読んでおけばよかった。この漫画は、いま、広島についてどのように語ることができるのか、という問いへの、ひとつのたしかな回答を提示してくれているようにおもう。

人が誰かに何かを語ろうとするときには、それが一体どのくらいの精度で伝えられるのか、そもそも誰かに自分の経験をわかってもらうなんてことが可能なのか、っていう問題が常に浮かび上がってくる。そして、その問題は、原爆被害という、いまの日本でふつうに生活しているかぎり、なかなか想像するのが困難な状況について語る際には、さらにおおきなものになってくるだろう。被爆という、個人のオリジナルな経験は、きっと他者に完全に伝えることなんてできない。でも、その経験の真正さを頑なに保持しようとするだけではなく、他者にできるかぎり伝えようとコミュニケーションしていく、という選択はやっぱりあって、そのために人はいろんな語りの方法を生み出す。そんな意味での、この作品のとる、「語りの迂回」ともいうべき方法には、はっとした。目が開かれたようなおもいがした。

作者は被爆者でないし、この漫画で描かれるのも、原爆直後の広島というわけではない。そういうことも含めて、原爆を直接知らない世代に対して効力のある、非常に現代的な語りの方法だとおもった。あー、こうやって原爆についての語りも進化っていうか、いろいろなかたちをとったものになっていくんだなあ、って。広島について語るということは、必ずしも、“あの日”に起きたこと、そこから生き延びたことを語るということだけに限るものではない。生き残ったことの意味を求めずにはいられない、ということや、それ以降に広島という街に、そして人々に起こった変化について語ることも、広島について語ることだ。

とにかく、まだ読んでない人がいたら、読んでみるといいとおもう。800円で手にはいるし、原爆の話っていっても、グロくないから。『はだしのゲン』とかとはぜんぜん違った語りの方法だ。お涙頂戴的なニュアンスもない。この作品の読後感をひとことで説明するのはとてもむずかしいけれど、いやなきもちでないことは確かだし、未来にむかうポジティブ感のようなものが、たしかにある。経験の伝達不可能性を十分に認識したうえで、それでもなお語る、って行為の根底には、やっぱり他者への信頼というものがあるし、たとえ満足に伝わることがなかったとしても、その信頼するちからのなかには、決して捨ておけないものがあるんじゃないか、なんてことをつよく感じさせられる。


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