『青色讃歌』/丹下健太(その2)

前回、あっちとこっちの区分って感覚がうんぬん、みたいな話を書いたけれど、そういうのは、こんな会話によく表れている。

「そういえば、俺そっちに行くことになったから。仕事決まったんで」

自分から大西に対してそんなことを言ったことに高橋は驚いた。

「こっち?あそう。こっちね。こっちなんか来てもつまんねえよ。ろくなことねえし。そっちのままでいいんじゃねえの?」

「あんたこの前働けって言っただろうが」

「あ、俺そんなこと言った?そうかそんなこと言ったか」

大西は発泡酒の缶を口につけて、そのことを思い出しているようだった。そして口から缶を話すと飲み終わった缶を片手でつぶし、地面に置いた。

「たぶん俺あまのじゃくだから、ほんとは羨ましかったんじゃねえかな。みんなそっちが羨ましいんだよ。でもそれ言っちゃうとな、それ認めちゃうとな、ってとこあんだよ。だからやっきになってお前らを否定しようとするんだよ。サラリーマンの特権なんてそれぐらいしかねえし。まあそのうちわかんじゃないのお前もこっちに来たら。でもまあ俺はもうこっちじゃなくてあっちに行っちゃうけどね」

そう言った大西の表情はとても柔らかだった。(p.125)

なんていうか、こういうところが出てくると、あーなるほど、これがこの小説のテーマなわけね、なんてついついおもってしまうけど、それだけで満足しちゃうのはやっぱり浅はかというか、貧しい読み方かもなー、なんておもう。当たり前だけど、あるテーマを描くために小説があるわけじゃない。テーマは小説の一連の流れのなかから浮かび上がってくるものであって、たとえば評論はそれをうまく掬い上げてまとめてみせたりもする。もちろんそれに意味がないとはおもわないけど、ある小説の感想を言おうとして、それをテーマにだけ還元してしまっては、やっぱりつまらない。だってそこにはじっさいに読んでいたときの感覚なんて、ほとんど残っていないんだから。もちろん、じっさいに読んでいたときの感覚を再現することはどうしたって不可能なんだけど、ま、もうちょっとかんがえて書かなきゃな、とおもったのだった。

ついでだからもうちょっと引用すると、上の会話よりもたとえばこっちの方がずっとおもしろい、とおもう。

「猫のビラ?そんなの面倒くさいな」と思わず口にしてしまったことを高橋はすぐに後悔した。めぐみは噛んでいたものを呑み込み箸を置く。

「面倒くさいって言った」

高橋は吸いかけのタバコを灰皿に押しつぶしソファーに座り直した。

「いや、言ったけど、本気じゃないよ。言ったっていうか、つい出ただけで、意味はないよ。ごめん」

めぐみは「面倒くさい」という言葉が嫌いだった。というより高橋が「面倒くさい」を口癖にしていることが嫌いだった。同棲を始めてめぐみには禁忌とされている言葉が結構あるということを知って以来、高橋はその地雷を踏まぬよう日々細心の注意を払っていたが、この「面倒くさい」という言葉だけは生まれ持った不精者の心の奥底に強くこびりついているらしく無意識に口にしてしまい、その度にめぐみに小言を言われ、それをいつも面倒くさいと思いながら高橋は聞いていた。(p.46)

いや、おもしろいっていうか、単に高橋に共感しているだけなのかもしれないんだけど。俺も、ほんとすぐに「面倒くさい」とか言っちゃうんだよねー、とくにそんな風におもってないときにでも。で、言ってる本人からすると意外なくらい、このことばって周りから嫌な顔をされることが多くて。だから俺も高橋みたいに一応気をつけてはいるんだけど、でも、ついつい言っちゃう。上の文章の後、高橋はめぐみからたっぷりと説教されるわけなんだけど、その感じもおもしろかった。

青色讃歌

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