日記を書くこと

修理に修理を重ねて使ってきたパソコンが、3日くらい前にどうやら完全に壊れてしまって、でも今日新しいやつを手に入れたので(お父さんお母さんありがとう!)、またこうして日記を書いているわけなんだけど、この3日間というもの、日記を書きたい欲、みたいなものが頭の中で溢れかえるようで。なんだか、自分がそんな欲求を持っていたってことにびっくりした。ただ、じゃあなんで日記を書きたいんだろう、ってかんがえると、なかなかはっきりとした答えを出すのはむずかしい。ブログなんかに文章を書く、って行為に動機を求めようとするなら、自己表現欲求とか、承認欲求とか、だいたいそんなあたりに落ち着くことが多いんじゃないかとはおもうのだけど…。

チェコ出身のフランス作家、ミラン・クンデラは、『笑いと忘却の書』の第四部「失われた手紙」で、こんなことを書いている。

「私たちが本を書くのは、自分の子供に関心を抱いてもらえないからなのだ。見知らぬ世間の人々に訴えるのは、自分の妻に話しても、彼女が耳を塞いでしまうからなのである。」

もちろん、日記やブログは本ではないので、ちょっと違うかもしれないけど、このきもち自体はよくわかる。俺はたとえば、磯崎憲一郎とかエイモス・チュツオーラの話なんかは、まわりの友達に話せない。いや、話せない訳じゃないけど、でも話したところで…、っていうきもちはやっぱりあって、だからこうやってはてなに日記と称して感想を書いたりしているわけだ。

でも、何かを書きたい、何かを記録に残したい、っていうきもちは、誰かに話したい、聞いてもらいたい、っていうただそれだけが理由なわけじゃないんじゃないかなー、ともおもう。だって、日記って、誰かに読ませるものじゃないじゃん、もともとは。

笑いと忘却の書

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