『新自由主義―その歴史的展開と現在』/デヴィッド・ハーヴェイ(その3)

新自由主義化の第一の達成は、1979年以降のサッチャーとレーガンとに帰せられるのが通例だろう。彼らは、自分たちの改革を、選挙という民主主義的な手段によって実現したわけだけれど、では、彼らはいったいどのようにして多くの民衆から政治的同意を取りつけることに成功したのだろうか?

新自由主義は、ケインズ主義や福祉国家主義への反発を契機に拡大した、という話は前回ノートにとった通りだ。つまり、公共の福祉を充実させること、社会的公正を目指すことなどとは逆の方向、すなわち、息苦しく不自由な規制の緩和、資産運用の自由、ビジネス環境の充実、労働過程におけるフレキシビリティの増大といったアイデアの魅力を力いっぱい引き出すことこそが、新自由主義のアピール方法だった、ということになる。そこで重要なキーワードとして機能するのは、「新自由主義」の名の通り、「自由」という概念、なかでも「個人の自由」というやつである、とハーヴェイは言う。

新自由主義思想の創始者たちは、人間の尊厳や個人的自由という政治理念を根本的なもの、「文明の中核的価値」であるとした。(p.16)

新自由主義的思考の主な特徴は、個人の自由は市場と商取引の自由により保障されるという前提に立っていることである。この前提は他のすべての国に対するアメリカの姿勢を長年特徴づけるものだった。(p.18)

個人の自由という価値観と社会的公正という価値観とは、必ずしも両立しない。社会的公正の追求は社会的連帯を前提とする。そしてそれは、何らかのより全般的な闘争、たとえば社会的平等や環境的公正を求める闘争のためには、個人の欲求やニーズや願望を二の次にする覚悟を前提とする。(p.62)

「個人の自由」とはあまりにも甘美な響きを持つ言葉であり、あまりにも共鳴されやすい。それは「大衆への扉を開くためのエリートたちの押しボタン」として、ありとあらゆるものの正当化のために利用することができてしまい、その誘惑に抗うのは難しい。そして、そんな強固な正当性を持った「個人の自由」をどこまでも根源的なものとして重視する新自由主義のレトリックは、社会的平等や環境的公正といったものへの要求とは相容れない…というわけだ。個人の自由と社会的公正との両立というのは、古くからおなじみのテーマではあるけれど、資本蓄積危機を目前にしながらシンプルで明快な解答が見つかるような問題ではない。となれば、個人の自由を神聖視しようとする人々を新自由主義の囲いのなかに取り込んでいくのは、そう困難なことではなかっただろう。

こうして無事に正当化された、「個人の自由」と自己責任理論とが大衆のあいだに広く知れ渡り、共有されるようになってはじめて、サッチャーやレーガンは――それまで決して主流ではなかった政治的・イデオロギー的立場をとっていたのにも関わらず――己の改革を断行することができるようになったというわけだ。

もっとも、そんな「個人の自由」の落とし穴については、もはや新自由主義的思考がコモンセンスにしっかりと浸透してしまっている現在においては、誰もが認識済みのことだろう。「個人の自由」は、個人に判断の選択権を与える代わりに、その選択の責任もすべて個人に還元する。つまり、万人に対して自由を強制しようとするような論理は、強者の論理、権力者の論理でしかないのだ。自由を強制できるのは強者だけであり、そこで語られるメリットも、それを肉づける論理も、やはり強者のためのものだ。情報や権力といったものが万人に対して完全に対等に配分されることなどあり得ないのだから、福祉の縮小や自由化の強制、個人の責任の重視といった新自由主義的理念は、階級権力者側への権力と富の集中をもたらすものとして機能する他ないわけだ。

そういえば、ノーム・チョムスキーは、『お節介なアメリカ』で、こんな風に書いていた。

過去の歴史的記録が明らかにしているのは、主権の喪失が常に自由化の強制――当然、この社会経済体制の権力者側に有利に働く自由化である――へとつながることである。ここ数年、この強要された体制は、よく「新自由主義」と呼ばれている。これはあまりうまくない用語である。こうした社会経済体制は、新しくもないし、また、少なくとも伝統的自由主義者が理解するところの概念からすれば、自由主義でもない。(『お節介なアメリカ』/ノーム・チョムスキー p.251)

 *

新自由主義的改革に民衆が同意する根拠として、「個人の自由」という言葉が誘惑の果実として機能していたということはわかった。では、新自由主義的理念が広がったその結果としてもたらされたものは、いったいどういったものなのか?もう少しだけ、見ていきたい。

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