『荒野へ』/ジョン・クラカワー

荒野へ (集英社文庫)

アメリカでベストセラーになったノンフィクション。裕福な家庭に育ったクリス・マッカンドレスは、大学卒業直後、家族との連絡をいっさい断ち切り、放浪の旅に出た。彼はアメリカ各地を旅してまわった後、最終的にはアラスカの荒野へと単身踏み入り、4ヶ月後に腐乱死体となって発見された。この本では、彼の生い立ちから旅の起結までが、綿密な追跡調査にもとづいて描かれている。

マッカンドレスは放浪の途中で、多くの人々に忘れがたい印象を残していく。大半の人々は、彼と過ごした期間が数日~1、2週間というところだったけれど、それでもやはり彼のことをよく記憶している。クラカワーは彼らにインタビューし、彼らの語りからマッカンドレスの足どりを追い、また、マッカンドレスがどのような人間で、いったい何を追い求めて放浪生活を送っていたのかを探ろうとする。そんなクラカワーの文章は、ある程度の(必要最低限の)客観性を保ちつつも、部分においては、いかにも感傷的だ。たとえば、フランツという老人にマッカンドレスの話を聞いているシーン。

「頭のいい若者だったよ」老人の声はしゃがれて、聞きとりにくかった。そう言いながら、彼は両足の間の砂をじっと見つめている。そして、しゃべるのをやめた。汚れでもついていると思ったらしく、腰をぎこちなく曲げて、ズボンを拭いた。気まずい沈黙のなかで、老化した関節がゴキッという大きな音を立てた。(p.89)

多くの人々の記憶に足跡をのこしたマッカンドレスであったが、彼は結局のところ、アラスカで餓死してしまう。彼に対する仮借のない批判も、この本では取り上げられている。たとえば、クラカワーが受け取った手紙には、

この十五年以上、私はここのあちこちで、たまたまマッカンドレスのような人間と何人か会いました。事の顛末も同じです。理想主義的なエネルギッシュな若者たちで、自分を買いかぶり、土地を見くびり、最後はトラブルを起こしたのです。マッカンドレスひとりだけではありません、州内をうろついているこうした連中はかなりの数います。彼らは実によく似ていて、同一グループのようです。(p.121)

とある。あんなのはただのうぬぼれで、自分のちからを過信したばかりに命を落とした、愚かな若者じゃないか、という判断だ。

クラカワーは、マッカンドレスへの共感を持ちつつも、彼を安易に賛美することなく、彼らに対して否定的である第三者の視点を多く取り入れたり、彼以外の「自然の過酷な側面に理想主義的な魅力を感じていた」(そして、ヘマをしでかした)人々との比較を行うことで、「荒野へ」の説得力を高めることに成功している。加えて、彼が旅立つ以前にあった両親との確執や、彼を失った家族の悲しみについても、当事者自身のことばをおさめており、ことさらにマッカンドレスを英雄視したり、その冒険の無謀さ、身勝手さを隠そうとしてはいない。

マッカンドレスを駆り立てていたのは、「自分では抑えることも理解することもできない衝動」だっただろう、と登山家であるクラカワーは、自身の経験に照らして考察している。このあたりが、この本のいちばんの特徴といっていいだろう。ある青年を追ったノンフィクションであるのに、著者自身の体験に多くのページが割かれているのだ。クラカワーは、自らの体験――まさに死の淵をのぞきこむような、いかにも無謀な冒険――に即して、マッカンドレスのかんがえ、心情に近づこう、彼を理解しようと試みる。これは、「根本的な自信のなさ」やエディプスコンプレックスなどといった、理に落ちる“動機”にマッカンドレスの行動の原因を求めるような、安易な紋切り型から抜け出すための、ひとつの方法だといえるだろう。それは、いってみれば共約不可能性を乗りこえようとするような態度、ギャップごしのコミュニケーションを試みる姿勢であり、だからクラカワーのことばは信頼のおけるもののように感じられるし、他にはないような説得力を持っている。そんなふうにおもった。

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