『新自由主義―その歴史的展開と現在』/デヴィッド・ハーヴェイ(その2)

新自由主義への転換とは、なぜ、どのようにして発生したのか?また、それをグローバル資本主義の内部における主導的な思想にまで押し上げた流れとは、いったいどのようなものだったのか?ハーヴェイは、はじめの1章を割いて、その流れを整理している。

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第2次大戦後の国家体制の再編においては、社会民主主義国家、自由民主主義国家、統制経済国家など、さまざまなタイプの国家が出現したが、そのうちの多くでは、以下のようなことが受け入れられていた。”不完全な資本主義”あるいは”不完全な共産主義”の失敗を繰り返さないために、経済成長、完全雇用、市民の福祉を重視すること。そして、国家はそれらの達成のために必要に応じて市場や産業政策へ関与すること。放置しておけば不況や失業を不可避的に発生させてしまう市場のメカニズムを適度に抑制するものとして、たとえばケインズ主義のような財政金融政策が広く支持されていたわけだ。

先進資本主義国におけるこのような政策的傾向は、とくに「埋め込まれた自由主義」などと呼ばれたりもする。国際領域においては自由主義経済を活用し、国内領域においては福祉国家として機能するべく、調整力や規制力を持った社会的・政治的機構のなかに自由主義市場を「埋め込み」、自由経済の恩恵と社会的安定の双方をキープするようにしよう、ということだ。「埋め込み」のための方策としては、国家による重要産業部門(石炭、鉄鋼、自動車etc.)の所有や、国際競争に対して脆弱な国内社会集団の保護といったことが挙げられる。

「埋め込まれた自由主義」は、1950~60年代のあいだは高い経済成長率を実現することができていたのだけれど、60年代の末にもなると行き詰まりを見せ始める。失業率が上昇し、インフレが加速、税制の急落と社会支出の増大は各国で財政危機を引き起こすこととなり、世界的なスタグフレーションがもたらされたのだ。ブレトンウッズ体制は混乱し、1971年には固定相場制が放棄され、金本位制は機能しなくなった。こうした危機を乗り越えるための対応策として勢力を拡大させたのが、新自由主義である。一連の動揺と実験を経た後に、それは90年代にワシントン・コンセンサスとして知られるような、新たな正当性を得るまでに至ることになる。

この、新自由主義台頭の理由としてハーヴェイがとりわけ重要視しているのは、70年代の経済成長の破綻/資本蓄積危機によって労働者や都市の社会運動が活発化し、社会主義的オルタナティブとしての力を持ちはじめてきているようにおもわれていた、という点だ。ヨーロッパ各地における共産党や社会民主主義政党の台頭なんかがそのわかりやすい表れと言えるだろうけれど、当時の経済的エリートは己の政治的地位が危険にさらされているように感じていた、というわけだ。

そういうわけで、新自由主義的政策とは、経済的エリートたちが、自分たちの階級の権力を回復・再建させることをその主要な目的として動き出したものだ、というのがハーヴェイの主張の大きなポイントとなっている。

新自由主義は、国際資本主義を再編するという理論的企図を実現するためのユートピア的プロジェクトとして解釈することもできるし、あるいは、資本蓄積のための条件を再構築し経済エリート権力を回復するための政治的プロジェクトとして解釈することもできる。以下で私は、二番目の目標が現実面では優位を占めてきたことを論じていく。(p.32)

新自由主義のユートピアニズムは、経済エリートの権力回復という目的を正当化するための体系として機能し、利用されてきた、ということだ。経済エリートたちのどれほど多くが、それまで公共の資産であったものを私有化し、商品化することで利益を得ているか。戦争や仮想の敵との対決や、飢餓や環境災害といった問題から暴利を得ているか。権利と自由との素晴らしさをのべつまくなしに主張する一方で、彼らが熱心に支持している概念がいかに特殊で偏向したものであるかについては隠蔽しようとしているか。そういったことに目を向けてみれば、彼らが何を企図しているかなど明らかなことだろう、とハーヴェイは語る。

何といっても新自由主義な意味での自由の三〇年間は、狭い意味での資本家階級の権力を回復させただけではなく、エネルギー、メディア、製薬、交通運輸、小売業(たとえばウォルマート)の各分野で企業権力の巨大な集中をもたらしたからである。ブッシュ大統領が人類の最大の願望だとまで宣言した市場の自由は、企業の独占権力とコカコーラを世界のすみずみにまで広げるための便利な手段に他ならないことが明らかになった。メディアと政治プロセスに大して不釣合いなまでに大きな影響力をもつこの階級は(ルパート・マードックやフォックス・ニュースを筆頭に)、新自由主義的な自由の体制のもとでこそわれわれ全員の暮らしがよくなるのだとわれわれを説き伏せるための動機と権力を有している。金持ちのゲットーで快適な生活を送るエリートたちにとっては、実際に世界はよりよい場所にちがいない。ポランニーであればこう言うだろうが、新自由主義は「所得・余暇・安全を高める必要がない」人々に権利と自由を与え、残りの者たちにはほんのわずかなものしか与えないのだ。(p.54,55)

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さて、ここまでで新自由主義台頭の流れと、その支持者たちの主目的というやつについてはおさらいができた。次回は、新自由主義がいかにしてコモンセンスへの同意を取りつけることに成功したのか、についてノートを取っておこうとおもう。

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