『国のない男』/カート・ヴォネガット

国のない男

先日見た、映画『ドラゴン・タトゥーの女』のなかに、ちらりと一瞬だけ『国のない男』が映し出されるシーンがあって(たしか、ダニエル・クレイグが家のなかで寒そうにしながら読んでいた)、あ、そういえばこの本、ずいぶん前に買ったのに、積読にしちゃってたな…とおもい出して手にとった。ここ数年、本を読むペースがものすごくゆっくりになってしまったせいで、家の本棚に占める積読本の割合がどんどん大きくなってきており、こういう機会に目についたものを読んでいかないと、なかなか未読の山が減らないのだ。

本作は、ヴォネガットの遺作となったエッセイ集。2005年、彼が82歳のときの作品だ。内容も文章も、いつものヴォネガット節――文明や環境破壊への批判、アメリカの現状への率直な怒り、皮肉っぽさと裏表にある愛情のこもったまなざし、決して下を向くことのない強さと全てを包み込んでしまうようなユーモア――で、ヴォネガットの代表作を読んだことのあるような人ならば誰でもたのしめるであろう一冊になっている。

ふせんを貼りたくなるようなページがいっぱいある本だったけれど、俺がとくにぐっときたのは次の一節。ヴォネガットのおじさん(「父の弟で、ハーヴァード出身で子どもがなく、インディアナポリスでまっとうな生命保険の営業をやっていた。本好きで、頭がよかった。」)の話だ。

おじさんの、ほかの人間に対するいちばんの不満は、自分が幸せなのにそれがわかっていない連中が多すぎるということだった。夏、わたしはおじといっしょにリンゴの木の下でレモネードを飲みながら、あれこれとりとめもないおしゃべりをした。ミツバチが羽音を立てるみたいな、のんびりした会話だ。そんなとき、おじさんは気持ちのいいおしゃべりを突然やめて、大声でこう言った。「これが幸せでなきゃ、いったい何が幸せだっていうんだ」

だからわたしもいま同じようにしている。わたしの子どもも孫もそうだ。みなさんにもひとつお願いしておこう。幸せなときには、幸せなんだなと気づいてほしい。叫ぶなり、つぶやくなり、考えるなりしてほしい。「これが幸せでなきゃ、いったい何が幸せだっていうんだ」と。(p.139.140)

「これが幸せでなきゃ、いったい何が幸せだっていうんだ」…そうおもうことでこそ、幸せを感じることができる。幸せだと感じることこそが幸せ、というわけだ。ものすごくあたりまえのことだけれど、これより大事なことなんて、そうそうないんじゃないだろうか?そう、不幸なふりなんて、している場合ではないのだ。

あと、上の引用部だけど、夏→リンゴの木→レモネード→ミツバチが羽音を立てるみたいな、っていう一連の語の繋がりが生み出すイメージが素敵すぎる。「これが幸せでなきゃ~」っていう言葉にストレートに向かっていく感じが、とてもいい。

そうそう、ちょっと話はずれるけれど、最近読んだブライアン・トレーシーの『フォーカル・ポイント』にも、こんな記述があった。

個人も企業も、ビジネスで成功をおさめる出発点は「価値観の明確化」にある。

幸せで満ち足りた瞬間とは、心の奥にある信念や価値観と、現実の生活とが一致したときにあなたに訪れる。

高い成果をあげる人々は、自分が信じることや意図することを自覚していて、これらの価値あるものから目をそらすことはない。

逆に、幸せに恵まれず、目標達成できない人は、自分が大切にするべきものを理解しておらず、何をしたらいいのかを決められない場合が多い。そのためたいていの場合、自分の大切なものを台なしにしてしまい、ストレスを抱えることになる。(p.147,148)

自分の価値観、信念を明確に認識し、それに基づいて行動することこそが、目標の達成や本人の幸せに繋がっていく、ということだ。ヴォネガットのおじさんは(そして、ヴォネガット自身も、彼の子どもも孫も)、それを実践できていた人だったのかもな…などとおもう。

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