『SOMEWHERE』

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吉祥寺バウスシアターにて。これはよかった!展開らしい展開がほとんどない映画なのだけど、ある美意識がたしかに全編を貫いている感じが、この作品を挑戦的で素晴らしいものにしている。ハリウッド俳優のジョニー・マルコ(スティーヴン・ドーフ)とその娘、クレオ(エル・ファニング)の静かな交流の物語。

作品の肝は完全に主人公ふたりの演技にかかっているのだけど、彼らは非常に繊細な演技を見せてくれている。とくに監督の美意識を代表しているのが、ダコタ・ファニングの妹、エル・ファニングだろう。彼女は11歳の女の子らしく無邪気でとってもキュートなのだけど、ダコタとは違った、なんとも言えない繊細さがあって、そこがこの作品にぴったりとはまっている。彼女の持つ朝露ばりの透明感こそが、作中で描かれる父と娘の穏やかなひとときを儚く、かけがえのないもの、いま、この一瞬でないと感じることのできないようなきらめきに満ちたものにしているようにおもった。

ジョニーとクレオとは親子な訳だけど、ふたりの関係はいわゆる”親子関係”という言葉から想像されるそれとは少し異なっているように感じられる。彼らは互いに気を許しているし、互いに相手をおもいやることもできているけれど、激しい感情をぶつけ合うことは決してない。そのせいか、彼らの関係にはどこか一線が引かれているような、かりそめのものであるかのような、何かが起これば簡単に壊れてしまいそうな脆さが見受けられる。ジョニーの横顔はいつもどこか哀愁を帯びているし、クレオに対する親密さの表現にしても、どこか慎重なところがある。また、クレオはジョニーの内に潜んだ不安定さに気がついているようにも見える。

作中で扱われているそれらの問題に関して、明確な解決策が提示されるようなことはない。主人公たちの悩みや問題がドラマチックに取り扱われることは最後までなく、映像もどちらかと言うと意味から切り離されているような感じだ(ほとんど無意味に長いようなシーンもいくつかある)。そうして辿り着くエンディングは、作品全体を包み込んでいる、いわく言い難い倦怠感、そこはかとない疎外感のもやもやを突き抜けて一瞬だけ見える切れ間のような、静謐なオープン・エンディングになっている。

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