「ねむい」/アントン・パーヴロヴィチ・チェーホフ

恐るべき短編。子供について描かれたチェーホフの作品のなかでは、おそらく最も衝撃的な物語だと言えるだろう。13歳の少女ワーリカは、住み込み奉公先の家で、掃除、洗濯、料理に子守と、ありとあらゆる家事をひとりでこなさなくてはならない。日中の仕事だけでもへとへとなのに、赤ん坊は夜泣きがひどいものだから、睡眠だってろくにとれやしない…もうとにかくねむりたいの…。という話で、たとえば、「ワーニカ」によく似た状況が扱われているのだけど、本作には「ワーニカ」よりもはるかに残酷な結末が与えられている。

…というのも、物語の最後、ワーリカは赤ん坊を締め殺してしまうのだ。ラスト5段落、疲労で理性を失いつつあるワーリカは、「自分の手足を鎖でしばって、ぐいぐい圧しつけ、生きる邪魔をしているの或る力の正体」が、まさにこの赤ん坊なのだと気づく。その瞬間から、ワーリカが赤ん坊を殺すに至るまではわずか3段落、読書時間にしてせいぜい20秒程度だろう。その、簡潔さに内包された残酷さといったら。

ありもしない想念が、ワーリカを支配する。彼女は円椅子から立ちあがって、顔いっぱい笑みくずれながら、またたきもせずに、部屋のなかを行きつもどりつする。もうすぐ、自分の手足を鎖でしばっている赤んぼから逃れられるのだと思うと、嬉しくってぞくぞくする。……赤んぼを殺して、それから眠るんだ、眠るんだ、眠るんだ。……

笑いだしながら、目くばせしながら、みどり色の光の輪を指でおどしながら、ワーリカは揺りかごへ忍び寄って、赤んぼの上へかがみこむ。赤んぼを絞めころすと、彼女はいきなり床へねころがって、さあこれで寝られると、嬉しさのあまり笑いだし、一分後にはもう、死人のようにぐっすり寝ている。(p.127)

チェーホフの冷徹な視線に、読者は息をのむ他ない。「死人のようにぐっすり寝ている」ってこの一文は、ワーリカの破滅をこれ以上なく明らかにするものだと言えるだろう。

 *

…ここでまたまた、『【新訳】チェーホフ短篇集』での沼野充義の解説に少し触れたいのだけど、沼野はこの作品のエンディングについて、こういう解釈もできるかもよ、と書いている。

しかし、テキストをもう一度読み返してみて、ふと私の頭をよぎる別の解釈がある。天井にいつも映っていたあの緑の光の輪は、ワーリカを上から見張る聖なる権威ではなく、じつはワーリカ自身のものだったのではないだろうか。虐げられている子供にこそ、聖なるものは宿るのではないか。チェーホフの残酷さは、そういう優しさの可能性を排除するものではないだろう。

そうだとすれば、この少女は天使だったのだ。(『【新訳】チェーホフ短篇集』p.219)

あの緑の光の輪、っていうのは、ワーリカが子守をする部屋に置かれていた聖像の前に灯った橙明の光のことで、何かしら聖なるもの、神的なものの暗喩として作中で扱われているものだ(この辺りについても、沼野はていねいに分析を行っている)。「そうだとすれば、この少女は天使だったのだ。」…多分に強引な解釈だとはおもうけれど、でも、そうだったらいいな、と俺もおもう。

カシタンカ・ねむい 他七篇 (岩波文庫) 新訳 チェーホフ短篇集

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