「富籤」/アントン・パーヴロヴィチ・チェーホフ

宝くじの当選結果が載った新聞を前にして、もし当たっちゃったらどうしよう…とお互いに妄想を繰り広げる夫婦の話。ワンシチュエーションで、登場人物がいろいろと好き勝手にかんがえる、って描写で作品が成立しているところは、「かき」にも似ている(「かき」には、妄想の後に、もうちょっとだけ展開があるけれど)。何でもない話、って言えば、まさにこれこそ何でもない話以外の何者でもないんだけど、そんな何でもない話をその描写力でもっていい感じの作品に仕上げてしまうところが、チェーホフのチェーホフたる所以だと言えるだろう。

そんな味わい深い描写のひとつ。こういうのは、ゆっくり、音読するくらいのペースで読むのがいい。

いま彼はオクローシカという氷のように冷たい夏向きのスープを詰めこんで、川岸の熱いほど焼けた砂の上に仰向けに寝ころがる。それとも庭の菩提樹の陰の方がいいかな。……とにかくとても暑い。……小っぽけな男の児や女の児たちが、自分の身のぐるりを這い廻りながら、砂を掘ったり草のなかの瓢虫を捕まえたりしている。何これと言って考えることもない。ただ甘い夢想に耽っている。今日も、明日も、明後日も勤めに出なくていいのだ、とそんなことを身体ぜんたいで感じている。寝ころんでいるのが厭きてくると、こんどは乾草の原っぱへ出かけたり、森へ茸をとりに行ったり、でなければ百姓が投網をするのを見物する。日が沈むと、タオルや石鹸を持ってゆっくりと歩いて水浴場へ行く。行ってからも別にせかせかせずに、悠々と着物を脱ぎ、裸になった胸を丁寧に掌で撫でまわしてから水につかる。水の中には、ぼんやり透いて見えるシャボンの環のまわりを、小っちゃな魚たちがちらちらしているし、また青々した水草の揺れるのも見える。(p.47,48)

…俺はここのところ毎日毎日チェーホフばかり読んでいるわけで、笑いどころのチューニングがチェーホフ流のものに合ってきてしまっていると自分でもおもうのだけど、「行ってからも別にせかせかせずに…」のくだりがもうおもしろくってしょうがない。こうしてここだけ抜き出してみても何ともおもえないかもしれないけれど、すっと読み進めていくなかで「別にせかせかせずに…」ってくるとね、もう、すっごいおかしいの。

カシタンカ・ねむい 他七篇 (岩波文庫)

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