『こわれゆく女』

『こわれゆく女』

早稲田松竹にて。子供たちを実家に預け、ひさしぶりに夫婦ふたりで夜を過ごす予定だったニック(ピーター・フォーク)とメイベル(ジーナ・ローランズ)だが、急な仕事が入りニックは帰宅できなくなる。メイベルは夜の街を彷徨し、バーで捕まえた男を家に連れ込むのだが…!

神経症の妻を演じるジーナ・ローランズ、気が短くて思いやりがことごとく空回りする夫を演じるピーター・フォーク、このふたりの演技と彼らを映し出すカメラのねっとり感がとにかくすごい映画だった。作品全体を通して、張り詰めた空気というか、胃のなかにずうんと重いものが入っているような、なんとも重苦しく、嫌な気分が充満しているのが感じられる。スパゲッティの食事シーン、子供たちを迎えに行くシーン、家に招いた近所の子供たちをメイベルが歓待するシーン…どれも、見ているだけで胸が苦しくなるような感覚がある。

メイベルの神経症的なふるまいは時間の経過とともにニックに転移していくかのようで、映画の終盤におけるニックは、メイベルが前半で見せてきたような、ある種の強迫観念にとらわれているようにも見える。メイベルの「ウェルカムバックパーティ」で、「さあ、早く、リラックスして!」「ふつうに、たのしくやるんだ!」と目を血走らせて叫ぶニックは、ほとんど狂気の側に足を踏み入れているようでもある。

各シーンはどれもひたすらに重苦しくてやるせないのに、ニックとメイベルが互いに愛し合い、必要とし合っているのは明らかだし(ふたりは共依存的な関係にあるのだろう)、彼らの子供たちが両親を愛し、必要としているのもまた明らかだ。そんな切っても切れないような関係があってもなお、生きるということはひたすらに苦しい、あるいは、そんな関係があるからこそ、生は苦い…ということをこの物語は語っているようにおもえたけれど、でも、器用さゼロで直情的に想いをぶつけ合う彼らの姿は、俺にはなんだか眩しく見えたのだった。

おもしろいというような作品ではないし、何らのカタルシスが得られるわけでもない、救いのようなものもとくにない。はっきり言って見ていて疲れるし、なんともどんよりした気分にさせられる。ただ、この圧倒的にヘヴィな空気感と、それをきわきわの演技で伝える俳優たちの魂の凄絶さが感じられる作品だった。

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