『やし酒飲み』/エイモス・チュツオーラ

やし酒飲み (晶文社クラシックス)

これすっげーおもしろい!!いままで俺が読んできたなかでは、最高の一冊に数えていい。なので、このおもしろさを全然ことばにできないのが歯痒いです。けどまあ、とりあえず書く。

エイモス・チュツオーラはナイジェリアの作家。そして、「やし酒飲み」は、所謂マジックリアリズムの系統に属する小説だといえるだろう。全編を貫いているのは、“神話的思考”とでもいうべきものなのだろうけど、うーん、そういうのでまとめてみても、あまりしっくりはこない。ふだん自分たちが用いているものとまったく異なるがゆえに、飛躍しすぎていたり、破綻しているように感じられる、論理のめちゃくちゃさが実におもしろいっていうのは絶対あるし、ヨルバ語の文を適正な英語に逐一置き換えていくことで完成されたとされることばづかいも、とてもたのしい。それに、これでもかと想像力が溢れまくっている物語も勿論すごすぎるのだが、そういう部分部分の要素を取り出しただけでは、この小説のおもしろさは伝えられない。

仕方ないので、適当に開いたページから少し引用してみる。

「その時わたしの方に向って前を歩いてやってくるのは、赤い魚の形をした生物だった。そして、実際の話、わたしは、わたしたちがすでに「死」を売り渡してしまっているのだから、二度と死ぬようなことはないのだとうことを思い出し、したがって「死」の方は心配なかったが、「恐怖」の方は売り渡していなかったので、わたしは、怖くて怖くてたまらなかった。姿を現わした時の魚は、カメの頭のような格好の頭をしていたが、大きさは象くらいもあり、三十本以上の角と大きな目が、頭をとりまいていた。そしてこれらの角がまた、コウモリ傘のように、みな広がっているのだった。赤い魚は歩くことができず、ヘビのように、地面をすべるように進んできた。胴体は、コウモリのような胴体をしていて、皮ヒモのような長くて赤い毛で、おおわれていた。

飛ぶ方は、ごく近距離だけしか飛べなかったが、ひとたび吠えるとなると、四マイルはなれている人の耳にも入るぐらいの、もの凄い声だった。そして頭をとりまいている目はすべて、まるで人間がスイッチをつけたり消したりしているように、パチパチ開いたり閉じたりしていた。」(p.86)

むうー、すごいなー。これだけの文に、もう、おもしろさが詰まりまくっている。こういう描写を読んでいくときって、頭のなかでこの生物の姿をなんとなく想像していくことになるけれど、「魚の形をした生物」で、「カメの頭のような格好の頭」→「大きさは象くらい」→「三十本以上の角と大きな目」と、この時点でもうほとんど想像力の限界を突破しそうな勢いだ。それ以降も、とにかく予想を超えるような描写が続いていって、イメージがとてもついていけない。これだけいっぱい描写されているのに、何がなんだか全然わからないところがすごい。とりあえず、どこが魚なんだよっていいたくなるね。

まあ、とにかく、この小説には、その辺の(日本や西洋の)小説にあるコードが全然通用しないことはたしかだ。時空間の感覚や、語り手の心理の描きかたも、いわゆる“文学”とは、もうまったくもってちがう。全然しらない、本当に異質な原理にのっとって書かれている感じがする。そして、それなのに、読んでいてひたすらおもしろい。こういうおもしろさについて、真剣にかんがえることが大事なんじゃないかとおもいます俺は。


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