『暗闇のスキャナー』/フィリップ・K・ディック

暗闇のスキャナー (創元SF文庫)

この小説にあるのは、人は現実という巨大なシステムのなかの歯車のひとつにすぎない、という冷徹なまでの視線だ。ドラッグを飲んでトリップすることで、瞬間、ハードな現実から抜け出すことはできる。だが、ドラッグをきめまくった挙句にいきつく先は、死か廃人になるかの二択でしかなく、しかも廃人になっても歯車として利用されることから抜け出すことすらかなわない。そのような現実が、ひたすら虚ろな事実として描きだされている。

ディックの視線は、疎外者、不適応者としてのジャンキーたちに同情的ではある。その叙情感をベースにして、物語は進行していく。しかし、主人公の悲惨な現実崩壊のドラマにしても、やはりシステムの働きのなかであくまで人為的に仕掛けられたものであって、そこにはどのような意味でも、救いといえるような救いはない。

小説中に、台所の流しのしたで小さな骨のかけらを見つける、ごく短い描写があって、江國香織の『流しのしたの骨』をおもいだした。『暗闇のスキャナー』とはまったくかけ離れた、いっけんひたすら穏やかで、ゆったりとした世界のはなし。そこでは、流しのしたにある骨のイメージは、温かで平らかな世界のすぐしたにある、なんだかよくわからない冷ややかなものとして提示されていた。日常のなかに潜み、けっして解消されることのない不気味さ。ディックによる流しのしたの骨の描写は、どうしようもなく崩壊してしまった現実のなかで一瞬垣間見える、失われてしまった平穏や、生の温かみのイメージを浮かび上がらせていた。ちょっとセンチメンタルだけれど、世界を冷徹に描いていくなかでも、そうやって素直に切なさをさらけだしてしまう感じが、やはりディックの魅力だとおもう。

流しのしたの骨 (新潮文庫)

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