『狼たちの月』/フリオ・リャマサーレス

『狼たちの月』/フリオ・リャマサーレス

スペインの作家/詩人、フリオ・リャマサーレスの初の長編小説。いやー、これはもう、びっくりするほど素晴らしかった!物語の語り手はスペイン内戦の敗残兵(故郷の山奥に逃げ込んでいるが、フランコ派の軍隊の監視があるために、何年経ってもそこから下りてくることができない)、全編に渡って描かれるのは、孤独と荒廃、疲労と寒気、灰色の風景と死の影…と、ダークなモチーフだらけの物語であるにも関わらず、全体のムードは静謐で瞑想的、きわめて詩的で美しい作品に仕上がっている。

夕方、近くのブナ林でヨーロッパオオライチョウの鳴き声がした。北風が突然吹き止み、木々の傷めつけられた枝にからみついたかと思うと、一気に秋の黄ばんだ木の葉を落とした。
そのとき、数日前から山々を激しく叩いていた黒い雨がようやくやんだ。(p.9)

俺はこの冒頭の段落を読んだだけで、うお~これはいい作家だっ!って興奮して一気に引きこまれてしまったのだけど、リャマサーレスの文章には、そういう力強いイメージ喚起力がある。簡潔でありながらも、鮮やかで詩的。もうね、こういう文章なら、何回読み返したっていい。

本作で取り扱われる感情は、悲しみや孤独、あまりにも絶望的な状況下での家族や仲間への愛など、わかりやすく悲劇的で、読者の感情に強く訴えかけてくるものばかりなのだけど、切り詰められた描写と、センチメンタルになる一歩手前のところでぐっととどまるモノローグが、この物語を、誇り高く、凛としたものにしている。物語性と叙情性、それらを掬い上げる手つきとが、絶妙なバランスでお互いを引き立てているのだ。

以下、本作のなかで、ほとんど唯一と言っていい、幸福のイメージについて描かれた箇所を引用しておく。

一晩中不寝番をした後なので、眠気が蔓科植物のようにぼくの目を覆ってくるが――そんな中、太陽の黄色くて密度の高い光を肌に感じるのは心地いい。細かな粒子となって運ばれてくるタイムの香りがミーガスの温かい湯気とやさしく一つに溶け合って深い香りがする。そうなのだ、こんな風に小屋の壁の冷たい平石にもたれかかって、羊飼いの食事を味わい、薪の燃えるぱちぱちという音やだんだん遠のいて行くけだるそうな気のおけない会話、それに冷たいコウライシバやレダマの花を求めて山を登っていく羊達の鈴の音を聞いていられるというのは、この上ない幸運なのだ。(p.108)

…まったくもうね、俺はほとんどとろけそうになってしまう。選び抜かれた言葉のひとつひとつに、たしかな温かみがあり、輝きがあるのが感じられる。

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