『なつのひかり』/江國香織

『なつのひかり』/江國香織

江國香織の95年作。タイトル通り、白っぽい日差しや湿った匂い、けだるさ、客のこない小さな商店、田園、砂浜などといった、夏のイメージが全編からただよってくる、ちょっとシュルレアリスティックな匂いのするのファンタジーだ。江國作品らしく、登場人物たちの恋愛模様や人間関係は病的というかほとんど狂気じみてすらいるのだけれど、例によってどぎついところはまったくなく、色で言うならオフホワイトとかアイボリー、とにかくほんわりとした印象しか残さないのはさすがという他ない。

江國の書く長編小説の魅力は、何よりもその叙情性や独特なフィーリングを作品に落としこむ、その”手つきのていねいさ”にあるとおもうのだけれど、他の作品よりかなりファンタジー寄りな本作でも、その良さは失われていない。というか、こんなにわけのわからない、論理も倫理も教訓もないようなぶっ飛んだプロットなのに、その”ていねいさ”、その”フィーリングの捉え具合の適切さ”だけは常に完全に制御されていて、おまけに、これだけさわやかな読後感を残せるっていうのはやっぱりただごとではないよね、とおもった。

物語の主軸になっているのは、語り手である「わたし」(20歳♀)の兄(23歳♂)とその周辺の女たちとの関係である。兄は、妻も子供もいるのだけれど、59歳の愛人もいるし、偽名を使ってもうひとり別の女と結婚していたりもするらしい。おまけに、車を盗むのが得意だったり、いつも変わった詩集を読んでいたり、女装癖もあるっぽいし、ふらふらとしてばかりで、何をかんがえているのか、よくわからない。そんなミステリアス過ぎる兄に「わたし」はもうぞっこんなのだが、その感情にはべたべたした嫌らしさというやつがまったくない(このあたりの、ふつうにかんがえれば歪になりそうな感情を、まるで正しもの、あるがままのものであるように描けるところが、江國のおそろしくもすばらしい能力だと、いつもおもう)。「わたし」と兄だけではなく、兄の妻、兄の愛人、兄の重婚相手なんかもいちいち超然としており、というかむしろ、登場人物たち全員が超然としており、この世のすべてを受け入れているような印象を読者に与えてくる。彼らの、高踏的なまでの迷いのなさ、彼らの超ナチュラル感こそが、作品のどこか非現実的なムードを決定づけていると言えるだろう。

そういうわけで、設定自体には混沌としたところがあるものの、作品の方向性自体はごくシンプルだ。なにしろ、彼らには迷いというものがいっさいないのだから、物語の流れていく方向だって、ぶれようがないのだ。登場人物たちは、感情のおもむくままに己の求めるものを探求し、やがてそれを手に入れるか、あえなく失うことになる。なつのひかりのなかで白くゆらゆらときらめく彼らの姿は、美しくもあるし、ほとんど人間離れしているようでもある。

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