『シングルマン』

『シングルマン』

DVDで。ファッションデザイナーであるトム・フォードの初監督作品。ゲイの大学教授(コリン・ファース)を主人公に、パートナーを失うという体験の苦しみと、そこからのゆるやかな再生の可能性を描く。画面に映し出される構図や色調、ディテールはかなり凝っているし、どれもびしっとスタイリッシュに決まっているのだけど、それらがことごとく主人公の孤独感を引き立てるのに貢献しているところが印象的だった。映像が美しければ美しいほどに、クールであればあるほどに、主人公の姿は寂しく、はかなげに見えるのだ。

作中、恋人を失うことになる主人公は、「人生が価値を得るのは、ごく数回、他者と真の関係を築けたときだけだ」と語る。つまり、そんな真の関係を築けた他者を失うことは、人生の価値が失われることにも等しい、というわけだ。こうした喪失の経験は、人間というやつが他者との関係のなかで自分というものを形作っていく生き物である以上、誰もが避けて通ることのできないことだけれど、残念なことに、人間はいまなお、誰一人として、この問題に対する有効な解決策というやつを持っていない。だから、絶えず反復される痛みと悲しみとに打ちひしがれ、もうすべてを終わりにしようと決意した男が、最後の瞬間を前に、この世界に存在するちいさな喜びや美しさを少しずつ再確認していく…という本作のプロットは、きわめて普遍的で切実なものだと言えるだろう。

人は、誰かの喪失の痛みを本当に和らげることなどできはしない。喪失の痛みを和らげ、少しずつ消し去っていくことができるのはただ時間だけで、その長い長い時間をどうにかやり過ごしていくために、人は物語を語る。それはきっと、ありきたりで色あせた物語、いままで何度も繰り返されてきた物語、でも、何度繰り返したって決してじゅうぶんということはない、そんな物語だ。本作も、そういったひそやかな力を持った物語のひとつなのだろうとおもう。


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